ノアは、すべて神が命じられたとおりに果たした。                        (創世記622

 よく知られた「ノアの箱舟の物語」の背景には、神にかたどって創造された筈の人間が神に背いたために、「地上に人の悪が増し(5)、「神の前に堕落し、不法に満ちていた(11)という状態があり、これに神がどう対応されるのかという深刻な問題が扱われている。この物語を真剣に読むと、三つの疑問が生じる。
 一つ目の疑問は、人間の悪がなぜここまで広がり、それに対して、なぜ大洪水という手段をとらねばならなかったのか、という点である。――人間の悪は人間に責任があり、神が洪水を起こされるまでもなく、自己崩壊へと向かう。そのことに神は深く「心を痛められた(6)。そこで決断されたのが洪水であり、そこにノアを備えて人類の救いの道を開くことであった。洪水は神の審きであると共に救いの業なのだ。
 二つ目の疑問は、なぜノアたちが救われたのか、という点である。――ノアは「神に従う無垢な人(9)とあるが、これは完全無欠な人間という意味ではなく、「主の好意を得(8)、「神と共に歩んだ(9)とあるように、人類を救うための器として、神の言葉に従う人物を神が用意されたのである。ノアは、神の設計図どおりに箱舟を造り、神の指示に従って家族や動物たちを箱舟に入れて、「すべて神が命じられたとおりに果たした(22)
 三つ目の疑問は、洪水後も人間は罪を犯し続けているが、再び神の審きは行われるのかという点である。――洪水の後、神は「人に対して大地を呪うことは二度とすまい」(821)と言われた。では、人間の罪の問題をどのようにして解決しようとなさるのか。それは、独り子イエス・キリストが地上に遣わされ、「神が命じられたとおりに」十字架につき、全ての人間の罪の贖いとなることによってであった。その意味でノアはイエス・キリストを指し示している。神はイエス・キリストによって、教会という箱舟を地上に備えられたのである。ここにこそ、世界を救い、人類を救う希望がある。

 米子伝道所主日礼拝説教<要 旨>     2010年7月25日  山本 清牧師 

 聖  書:創世記6:9−22
 説教題:「神が命じられたとおりに」
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