蛇は女に言った。「決して死ぬことはない。それを食べると、目が開け、神のように善悪を知るものとなることを神はご存じなのだ。」                       (創世記34
 人は神にかたどって創造された(127)。それは、神と交わりを持ちながら生きるものとして造られたということである。神は人との良い交わりを持つために、「園のすべての木から取って食べなさい。ただし、善悪の知識の木からは、決して食べてはならない。食べると必ず死んでしまう」(21617)と言われた。この神の言葉を感謝をもって受け取り、守ることによって、神との良好な関係が保たれるはずであった。
 ところが、蛇が女(エバ)に、「園のどの木からも食べてはいけない、などと神は言われたのか」(1)と問いかける。神はそんなことを言っておられなかった。蛇は神の恵みの言葉を曲げた上、後半の禁止の部分にのみ心を向けさせる。私たちは、神の多くの恵みを忘れて、少し不満に思っている側面だけを拡大して、神の愛を疑ってしまう。女は「わたしたちは園の木の果実を食べてもよいのです。でも、園の中央に生えている木の果実だけは、食べてはいけない、触れてもいけない、死んではいけないから」(23)と答える。正しく答えているように聞こえるが、ここでも、園の中央の食べてもよい「命の木」(29)のことが忘れられ、禁じられたことへの恐れが心を占め、「触れてもいけない」などという言葉を勝手に付け加え、逆に「必ず死んでしまう」との神の言葉を弱めてしまっている。蛇は更に、標記のように、神の言葉と反対のことを言い、また、あたかも神が出し惜しみしているかのように思わせ、神のようになりたいとの人の思いをくすぐる。女は木の見た目の姿に惹かれて、その実を食べ、男も同調する。
 その結果、彼らが知ったことは、自分たちには隠さねばならないものがあるということであった。こうして、神との関係も人間同士の関係も壊れた。これ以来、すべての人間が神に背く者となった。――否、ただ独り、イエス・キリストだけが、新しいアダムとして、神の御心に背かずに十字架の道を歩まれたことによって、すべての人と神との関係が修復されることになるのである。(ロマ51219参照)

 米子伝道所主日礼拝説教<要 旨>     2010年7月18日  山本 清牧師 

 聖  書:創世記3:1−7
 説教題:「神にそむく人間」
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