序.使徒言行録は何を語るか
 先週の礼拝では、カイサリアで監禁されていたパウロが、新任の総督フェストゥスによって裁判を受けた場面から御言葉を聴きました。その時パウロは無罪を主張いたしましたが、パウロを訴えているユダヤ人たちがいるエルサレムで裁判を受けないかと言われたのに対して、パウロはそれを避けるために、ローマ皇帝に上訴したのでありました。
 こうしてパウロは囚人として、船でローマに護送されることになったのですが、途中で暴風に襲われて船が難破して、九死に一生を得て、マルタ島に漂着するといった出来事もあって、数ヶ月してようやくローマに到着いたしました。今日の箇所のすぐ前の16節を見ていただきますと、ローマに入ったとき、パウロは番兵を一人つけられたが、自分だけで住むことを許された、と書かれていて、牢屋に繋がれるようなことはなく、比較的緩やかな扱いを受けたようであります。
 今日の箇所で、使徒言行録は終わるのですが、ここにはローマにいるユダヤ人たちと二回話し合ったことが書いてありますが、皇帝に上訴した裁判はどうなったのかは記されていません。また、既にローマに誕生していたキリスト教会の人々との関係については、14,15節にパウロたちを出迎えてくれたことが書かれていますが、その後の交わりのことは、殆ど記されていません。30節には、パウロは、自費で借りた家に丸二年間住んで、訪問する者はだれかれとなく歓迎し、と書かれていますが、二年後にパウロはどうなったのか、何も分かりません。何か尻切れトンボのような感じもするのであります。
 この使徒言行録の筆者は医者のルカだとされていて、前に書いたルカによる福音書の続編になるわけですが、更に第三巻目を書く予定だったのだけれども、何らかの理由で書けなかったので、こういう尻切れトンボな終わり方になっているのではないか、という推測も出来ます。でも、そもそも、ルカはどういう目的でこの使徒言行録を書いたのかという所に立ち戻って考えますと、このような形で終わっていることが、必ずしも不自然ではなくて、ルカがこの書で述べたかったことは、これで言い尽くされているとも言えるのであります。
 5月に行われた大会応援伝道の中で、黙想ワークショップが行われましたが、そこで取り上げられた聖書の箇所は、マタイによる福音書の最後の宣教命令の部分(28:16-20)でした。御指導いただいた青木豊先生は、あの最後の箇所がマタイ福音書の頂点であって、あそこがマタイ福音書の全体を読み解く鍵になる、ということを教えて下さいました。それと同じようなことが、使徒言行録のこの最後の箇所にも言えるように思うのであります。
 今回の日曜学校誌のカリキュラムによる説教では、使徒言行録で取り上げられたのは9章のサウロの回心から始まって、6回ともパウロの伝道活動の話だったのですが、使徒言行録の初めの方では使徒ペトロが中心であります。そもそも使徒言行録は、ペトロやパウロの個人の伝記を書いているのではなくて、初代の教会の働きの中で、福音がどのように伝えられたかということを書くのが目的であったと考えられます。ですから、私たちは、その中から筆者が伝えようとしたことを聴き取らなくてはなりません。
 そして、これも青木先生から学んだことですが、聖書は単なる過去の活動の記録ではありません。福音書は単に昔に生きておられたイエス・キリストの活動の記録ではなくて、今も生きて働いておられるイエス様が私たちに語って下さっている言葉と重なっているのだ、ということを教えられましたが、この使徒言行録も、過去の教会の単なる活動記録ではなくて、キリストを頭とする今の教会が、日々活動していることと重なっていて、そこから、今、信仰をもって生きている私たちや、福音の伝道のために活動している現代の教会が聴くべき御言葉が語られている、ということであります。今日は、この使徒言行録の最後の部分を通して、使徒言行録が全体として語りたかったことは何か、そしてそのことを通して、今日、主が私たちに語りかけておられることは何なのかを聴き取りたいと思うのであります。

1.地の果てまで(エルサレムからローマへ)――宣教命令の達成
 さて、パウロは囚人としてではありましたが、ともかくもローマに到着したのであります。そして、番兵に見張られてはいましたが、訪問する人にイエス・キリストのことを語ることが出来ました。先週も申しましたように、これは、パウロがかねてから願っていたことでありました。パウロは第三次の宣教旅行でエフェソにいたとき、「わたしはエルサレムに戻った後、ローマも見なくてはならない」(19:21)と申しました。そして、ローマの信徒への手紙の中で、「何とかしていつかはあなたがたのところへ行ける機会があるように願っています」(ローマ1:10)と書き記しました。しかし、この願いは、単にパウロの個人的な願いではありませんでした。エルサレムでユダヤ人たちに捕えられた日の夜、主がパウロのそばに立って言われました。「勇気を出せ。エルサレムでわたしのことを力強く証ししたように、ローマでも証しをしなければならない。」(使徒23:11)――つまり、ローマでの宣教は主イエスがパウロに与えられた使命なのであり、神の御計画でありました。その神の計画が実現したのであります。もっとも、福音はパウロよりも早く、この地に届いていたようでありまして、既にローマにも「兄弟たち」と呼ばれる、キリストを信じる信徒たちがいたようではあります。しかし、エルサレムから来たパウロと現地の信徒が出会い、交わることによって、福音の恵みを確認し合い、主にある交わりを持つことによって、そこにキリストの教会がしっかりと形成されたのであります。
 ローマに福音が伝えられ、教会が形成されたということで、筆者のルカが伝えたいことは、ただ、パウロの願いがかなったとか、パウロに与えられた主の命令が達成されたというだけではありません。ルカは使徒言行録の冒頭の1章8節で、主イエスの言葉をこう伝えております。「あなたがたの上に聖霊が降ると、あなたがたは力を受ける。そして、エルサレムばかりでなく、ユダヤとサマリアの全土で、また、地の果てに至るまで、わたしの証人となる」と。ローマはこの時、当時の世界の中心でありました。しかし、カナンの地を中心に展開されて来た神さまの救いの歴史の舞台から見れば、「地の果て」であります。これまでは神さまの救いからは遠く離れていた所でありました。そこに、イエス・キリストによる救いの福音の拠点が出来たのであります。それは正に、主イエスが天に昇られるときに言われた御言葉が達成したということであり、主イエスが今も生きて働いておられることの証しであります。ルカが使徒言行録で伝えたいことの第一は、そのことであります。

2.イスラエルの希望=神の国の建設――旧約の預言の成就
 しかし、使徒言行録でルカが伝えたいことはそれだけではありません。17節に、パウロがローマに着いて三日の後、おもだったユダヤ人たちを招いたと書かれていて、パウロが彼らに話した内容が20節まで記録されています。この内容は、一見するとパウロがなぜ囚人としてローマまで来ることになったのかという経緯の説明、ないしは弁解のように見えます。「兄弟たち、わたしは、民に対しても先祖の慣習に対しても、背くようなことは何一つしていないのに、エルサレムで囚人としてローマ人の手に引き渡されてしまいました。ローマ人はわたしを取り調べたのですが、死刑に相当する理由が何も無かったので、釈放しようと思ったのです。しかし、ユダヤ人たちが反対したので、わたしは皇帝に上訴せざるをえませんでした。これは、決して同胞を告発するためではありません。だからこそ、お会いして話し合いたいと、あなたがたにお願いしたのです。」――ここまでだと、確かに、自分がユダヤ人として何も問題を起こしたわけではないという弁明をしているように聞こえます。しかし、その後の言葉が大事です。こう言っております。「イスラエルが希望していることのために、わたしはこのように鎖でつながれているのです。」――つまり、パウロがエルサレムで捕えられたのは、「イスラエルの希望」について語ったためであり、鎖でつながれてローマに来たのも「イスラエルの希望」について語るためである、と言っているのであります。
 では、その「イスラエルの希望」とは何でしょうか。この日はそのことについてはそれ以上語らなかったようで、21,22節には、ローマのユダヤ人たちがパウロについて悪い噂は受け取っていないこと、しかし、分派について、つまりユダヤ教とは違うことを教えるキリスト信者たちについては、各地で反対があることを耳にしているので、あらためてパウロの考えていることを直接聞きたいと話したことが書かれています。そこで、ユダヤ人たちは日を決めて、大勢でパウロの宿舎にやって来ました。それが23節以下ですが、パウロは朝から晩まで説明を続けたとありますが、その内容は詳しくは記録されていなくて、ただ、神の国について力強く証しし、モーセの律法や預言者の書を引用して、イエスについて説得しようとしたのである、と要約されています。ここに、先ほどの「イスラエルの希望」の内容が凝縮して述べられています。パウロは「神の国」について証ししました。「神の国」とは神様の御支配のことであります。神の御支配のことをどのようにして証ししたかというと、「モーセの律法や預言者の書を引用して、イエスについて説得」することによってであります。つまり、イエス・キリストこそ、旧約聖書において約束されていて、長い間イスラエルの民が待ち望んでいた救い主メシヤであり、この方こそが神の国の王であって、この方が来られたことによって、神の支配が始まったということを証ししたのであります。主イエスは伝道を開始されるとすぐに、「神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい」(マルコ1:15)と語られました。「イスラエルの希望」とは、神の国が実現することであり、その神の国はイエス・キリストが来られたことによって始まったのであります。パウロはそのことを伝えるために各地に伝道し、エルサレムで捕えられたのも、そのことを受け入れないユダヤ人たちがいたからであります。
 なお、「イスラエルの希望」の中身について、補足したいのですが、先にパウロが総督フェリクスの前で弁明した時に、24章15節で、こう言っております。「更に、正しい者も正しくない者もやがて復活するという希望を、神に対して抱いています。この希望は、この人たち自身(ユダヤ人たち)も同じように抱いております。」――ここでは「イスラエルの希望」の中身を「復活」と言っております。これは神の国の実現ということと別のことではありません。神の国はイエス・キリストが地上に来られたことによって始まりました。そして、イエス・キリストの十字架と復活によって、罪ある者も復活の命を与えられて、神の国に入れられることが確実になりました。神の国の完成は、イエス・キリストが再び来られる終わりの日であります。しかし、イエス・キリストを信じる者には、既に復活の命が与えられたのであります。既に神の国の一員とされているのであります。そして、終りの日には、体の復活も実現するのであります。
 パウロが伝えたかったこと、そして使徒言行録が伝えたかったことは、他でもなく、この復活の希望であり、神の国が到来したという福音でありました。その福音が、ここローマにまで伝えられたということ、それが筆者の伝えたい第二のことであります。

3.救いは異邦人に――新しいイスラエルの民の形成
 こうして、「イスラエルの希望」は「地の果て」であるローマまで伝えられたのでありますが、そこに、もう一つの大きな課題があり、それが実現しつつあることも、使徒言行録が伝えようとした大事なことであります。その課題とは何か。そのことが24節以下に書かれています。
 24節には、パウロの話を聞いたローマのユダヤ人たちの反応が書かれています。ある者はパウロの言うことを受け入れたが、他の者は信じようとはしなかった。ユダヤ人の中にも、パウロが語ったイエス・キリストによる復活のことや、神の国の到来のことを受け入れて信じる人もいたのですが、信じられない人がいました。このようなことは、パウロが今まで伝道したどこの町でも起こったことでした。これまでの多くは、行った先の町のユダヤ人の会堂にまず入って、イエス様のことを証ししました。するとパウロの話を受け入れる者もいましたが、信じられないユダヤ人は、パウロたちを会堂から追い出しました。それで、会堂の外で、異邦人たちにイエス様のことを話すことになりました。こうして、各地に異邦人の教会が出来て来たのでした。ローマではパウロは軟禁状態でしたから、ユダヤ人の会堂に行くことは許されませんでしたので、ユダヤ人たちの方がパウロ住んでいた家に来て話を聞きましたが、結果は同じことでした。
 そこでパウロは立ち去ろうとするユダヤ人に対して、25節以下で、かつて預言者イザヤがユダヤ人たちに語った言葉を引用しております。『あなたたちは聞くには聞くが、決して理解せず』というような言葉は、パウロの言うことを受け入れないユダヤ人に対する当てこすりのようにも聞こえますし、最後の『わたしは彼らをいやさない』という言葉は、彼らを見限ったとも受け取られかねないのですが、パウロの意図はそうではないでしょう。パウロはあくまでもユダヤ人たちが皆、悔い改めて福音を受け入れることを願っています。だからこそ、このままでは、イザヤの言ったようなことになってしまう、と警告しているのであります。<だから何とかあなたがたもイエス・キリストを受け入れてほしい>という招きの言葉でもあります。
 しかし、パウロの言いたいのはそれだけではありません。28節でこう言っております。「だから、このことを知っていただきたい。この神の救いは異邦人に向けられました。彼らこそ、これに聞き従うのです。」――パウロがもはやユダヤ人の救いを諦めたというわけではありません。しかし、他の町でもそうであったように、ユダヤ人たちに抵抗されたことから、異邦人へと福音が広がることになったのであります。神様はローマでも同じように、異邦人の救いのために福音を語るという使命が与えられていると判断したのであります。
 エルサレムから始まった初代教会の宣教活動は小アジアからヨーロッパへと広がり、今、ローマに達しました。それは神様の約束された救いが、ユダヤ人に留まらず異邦人へと拡大する道筋でもありました。これが使徒言行録の筆者が語りたかった、もう一つの大事なメッセージでありました。こうして、キリスト教は世界宗教への道を辿って、福音が地の果てまで、異邦世界まで届けられることになり、私たちの所まで届くことになったのであります。そして、旧約の時代のイスラエルに代わって、「教会」という新しいイスラエルの民が形成されて、「イスラエルの希望」が教会に引き継がれたのであります。

結.今も、自由に何の妨げもなく――書き続けられる続編
 30節以下には、その後のパウロのローマでの働きが、短く記されています。「丸二年間」とありますが、二年の後にパウロは死刑に処せられたのか、それとも無罪が確定して解放されて、ますます活発に伝道したのか、あるいは当初考えていたように、イスパニア(スペイン)にまで伝道したのか、興味のあることですが、何も語っていません。使徒言行録はパウロの伝記ではありません。パウロが宣べ伝えた福音がどうなったかということにこそ著者の関心があります。著者は31節でこう語ります。全く自由に何の妨げもなく、神の福音を宣べ伝え、主イエス・キリストについて教え続けた。――「自由に」と訳されている元の言葉は、これまでにも使徒言行録に何度も出て来ていて、「大胆に」とか「勇敢に」とか「はっきりと」とも訳されていました。そのような言葉を使いながら、使徒言行録の筆者が最後に言いたいことは、神の国のこと・イエス・キリストの福音は、様々な困難があった中でも、自由に、大胆に、勇敢に宣べ伝えられて来たし、これからも宣べ伝え続けられる、ということであります。それは、主が今も生きて働いておられるということであり、いわば、福音の高らかな勝利宣言であります。
 使徒言行録はここで終わりますが、神様の宣教の歴史は、まだ始まったばかりでした。この時以来、2000年の教会の歴史が続くのであります。そして、その歴史の最前線・地の果てに、今の私たちがあり、私たちの人生があり、私たちの教会があり、私たちの宣教活動があるということであります。使徒言行録の続きは、世々の教会によって書き綴られ、私たちもまた、新しい続編の主人公とされているのであります。神様は私たちを用いて、この米子伝道所において繰り広げられる、新しい救いの歴史の1ページを書こうとしておられるのであります。主イエスは今も、私たちひとり一人と、私たちの教会と共にあって、働いておられるのであります。
 祈りましょう。

祈  り
 イスラエルの民を導き、教会の群れを用いて、人類を救い給う父なる神様! 御名を賛美いたします。
 使徒言行録を通して、パウロの働きを通して、あなたが、かつても今も、生きて働いておられ、神の国の建設を進めておられることを覚えて、感謝いたします。
 どうか、私たち一人一人の生活が、人生が、イエス・キリストの証しの場となり、この教会の働きが救いの御業の一環として、御心にかなって用いられますように。
 どうか、多くの人々が、あなたの書かれる新しい使徒言行録の登場人物とされ、イエス・キリストを証しし、御栄光を現す人生を歩むことが許されますように。
 主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン。

米子伝道所主日礼拝説教<全原稿>    2010年6月27日  山本 清牧師 

 聖  書:使徒言行録28:17-31
 説教題:「救いはすべての人に」
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