「しかし、この人たちの訴えが事実無根なら、だれも私を彼らに引き渡すような取り計らいはできません。私は皇帝に上訴します。」
                 (使徒言行録25:11より)
 パウロは第三次伝道旅行の最後にエルサレムに来た。そこでは、聖霊も告げていたように、身柄の拘束が待ち受けており、死の危険さえあった。しかし、パウロには、異邦人教会で集めた献金を届ける使命とイエス・キリストの十字架の先には復活があったことを身をもって証しできるとの確信があった。
 エルサレムでは、案の定、ユダヤ人たちに捕えられ、ローマ兵に保護された。ローマ総督フェリクスは、パウロに罪を認めなかったが、ユダヤ人たちに気に入られようと、二年間の任期の間に結論を出さずに監禁したままにした。交代した総督フェストゥスは、迅速に処理しようと、総督の駐在地であるカイサリアですぐに裁判を開いたが、やはりパウロに罪を見出せなかった。さりとて、パウロを無罪放免するのではなく、ユダヤ人たちがエルサレムでの裁判を望んでいたので、パウロに、エルサレムで裁判を受けないかと問うた。ここにも、権力者の御都合主義と自己保身の姿が現れている。これに対してパウロは、自らの潔白を主張した上で、あくまでもローマ法による裁判を望むことを述べ、標記のように、皇帝に上訴すると言った(パウロはローマの市民権を有していたので、上訴権があった)。こうして、ローマ行きが確定した。ローマでの裁判は、必ずしも有利とは限らず、その間の伝道の制約が避けられないのであるが、パウロはかねてより、当時の世界の中心地であるローマでの伝道を願っており、主からも「エルサレムでわたしを力強く証ししたように、ローマでも証しをしなければならない」(使徒23:11)と命じられていた。パウロのローマ行きは主の御計画だったのである。ユダヤ人たちによる暗殺の陰謀や、総督たちの自己保身の罪が渦巻く中で、主の宣教の計画は前進するのである。
 私たちの人生や教会の歩みの中で、挫折や行き詰まりを味わい、将来への展望が開けないように見える時があっても、主は今も生きて働いておられ、私たちを用いて、大きな救いの御計画を進めておられるのだということを覚えたい。

 米子伝道所主日礼拝説教<要 旨>     2010年6月20日  山本 清牧師 

 聖  書:使徒言行録25:1−12
 説教題:「ローマでも証しを」
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