序.イエスさまに従う歩みとは

先ほど朗読いたしました使徒言行録211節から16節には、伝道者パウロの第三次の伝道旅行の終わりに近い部分のことが書かれています。聖書の後ろにある地図の「8 パウロの宣教旅行23」を見ていただいて、第三次旅行の行程を確認していただくとよいのですが、パウロたちはアンティオキアを出発点として、第二次旅行で訪れた町々を中心に、そこに出来た教会の人々を励ましながら、最後は地中海を船で渡って、出発点のアンティオキアに帰るのではなく、エルサレムに向かうのであります。

今日の箇所では、ミレトスを船出してコス島、ロドス島、バタラを経由してキプロス島を左に見ながら地中海を渡って、ティルスの港に着いて、そこで七日間泊まって、その町の弟子たちと出会ったこと、そこからプトレマイスに行きそこで一日過ごして、カイサリアに上陸して、フィリポという人の家に泊まったことなどが書かれていますが、先ほどの朗読でもお分かりのように、立寄った先々で、エルサレムには行かない方がよいと言われるのですが、パウロは死ぬことさえも覚悟しながら、エルサレムに向かうのであります。なぜパウロがエルサレムに行くことに拘っているのかということについては、後ほどお話しますが、私たちは、ここに描かれたパウロの姿から何を学ぶのか、ということを考えなければなりません。ここに描かれたパウロのことを、一人の偉大な信仰の偉人の物語として、感心しながら読むだけでは、聖書を読んだことにはなりません。今日の説教の題を「主イエスの名のために」といたしましたが、それは13節の後半にある「主イエスの名のためならば、エルサレムで縛られることばかりか死ぬことさえも、わたしは覚悟しているのです」というパウロの言葉から取りました。イエス様を信じる者は、イエス様に従って歩み、イエス様の名のために生きるのであります。しかし、私たちはパウロのような覚悟があるのでしょうか。私たちはパウロを偉大な信仰者として尊敬はしますが、自分たちはパウロのような生き方はとても出来ない、と思ってしまっているのではないでしょうか。せいぜい、パウロの心意気の何万分の一でも持つことが出来ればよい、あるいは自分の置かれた環境の中で、出来る範囲のことをすればよい、と思っているのではないでしょうか。しかし、それでは、イエス様に従って行く喜びも何万分の一になってしまうかもしれません。

と申しましても、現代の日本において、イエス様を信じること、教会に行くことが、パウロの時代ほど命がけのことではありません。ですから、パウロのしたことをそのまま真似ても意味がありません。しかし、イエス様を信じて従う信仰者の生き方が、信じない人と殆ど変わらないとか、極く一部だけしか違わないというのでは、主イエスの名のために生きているとは言えないでしょう。信仰に生きる道というのは、信仰を持たない人が大切に守っているものを、イエス様の名のために捨てるということであります。これまで自分の「命」だと思って来たものを捨てて、イエス様のために生きるという覚悟が必要であります。これまでの自分のための楽しみや、安定した生活さえ、二の次、三の次になってしまうということであります。けれども、間違ってはいけませんが、パウロが抱いているような決死の覚悟そのものが、信仰なのではありません。これまで大切にして来たことを捨てること自体が素晴しいことなのではありません。そうではなくて、イエス様に従って行くこと、イエス様の名のために生きることが喜ばしいことであり、これまで大切と思って来たものを捨てていいと思うほど素晴しいことなのであります。

今日は、パウロの生き方、その決断から、イエス様の名のために生きることの喜び、素晴しさを聴き取りたいと思います。

1.霊の示しと人間の思い

さて、パウロたちの旅行の詳細については、今日は触れないで、先ほど、パウロが立寄った先々で、エルサレムには行かない方がよいと言われたと申しましたが、その部分だけを見てみたいと思います。

まず、3節から6節にかけて記されているティルスでのことですが、そこで船の荷物を陸揚げするために七日間碇泊している間に、その町の弟子たち(信者たち)を探し出して、交わりをいたしました。4節を見ますと、その間に、彼らは“霊”に動かされ、エルサレムへ行かないようにと、パウロに繰り返して言った、のであります。聖霊がティルスの信者たちに何かを告げたのであります。しかし一行は、5節に、滞在期間が過ぎたとき、わたしたちはそこを去って旅を続けることにしたとあるように、エルサレムに向かう旅を続けるのであります。これは、聖霊が告げたことをパウロたちは無視したということでしょうか。――そうではないようです。20章の17節以下に、ミレトスという港町で、エフェソから呼び寄せた長老たちにパウロが語った別れの説教が記されていますが、その中の22節を見ると、「そして今、わたしは、“霊”に促されてエルサレムに行きます」と述べていて、更に23節では、「ただ、投獄と苦難とがわたしを待ち受けているということだけは、聖霊がどこの町でもはっきり告げてくださっています」とも言っております。つまり、パウロは、苦難が待ち受けていることを聖霊によって告げられた一方で、そのエルサレムに行くことも聖霊に促されたということであります。そうすると、聖霊がパウロに告げたことと、ティルスの弟子たちに言ったこととの間に矛盾があるように見えますが、恐らく、ティルスの人々が聖霊によって知らされたことは、エルサレムで苦難が待ち受けているということだけで、「エルサレムへ行かないように」というのは、パウロのことを心配したティルスの信者たちが言ったことではないかと推察できます。しかし、一行は旅を続けることにしましたので、ティルスの人々は皆、妻や子供を連れて、町外れまで見送りに来てくれました。短期間の交わりでしたが、家族を挙げて一行を歓待したことが伺えますし、一行も家族全体に対して大きな感化を与えたことが伺えます。彼らは共に浜辺にひざまずいて祈りました。そこには、人間的な名残惜しさや心配を超えて、すべてを神様に委ねる信仰において一つとされている教会の姿を見ることが出来るのではないでしょうか。

次に、8節以下に記されているカイサリアでのことを見ます。ここではフィリポという福音宣教者の家に泊まったようですが、その人と未婚の娘のことの説明は省略します。10節以下を見ていただくと、ここに幾日か滞在していたとき、ユダヤからアガポという預言する者が下って来て、一行のところに来て、パウロの帯を取り、それで自分の手足を縛って、「聖霊がこうお告げになっている。『エルサレムでユダヤ人は、この帯の持ち主をこのように縛って異邦人の手に引き渡す』」と言いました。ここで聖霊が告げたのは、エルサレムでは身柄の拘束が待ち受けているということであって、エルサレムに行くなということではありません。12節によると、今回は、これを聞いた「わたしたち」即ち、筆者のルカを含めた一行までが、土地の人と一緒になって、エルサレムへは上らないようにと、パウロにしきりに頼んだのであります。これにはさすがのパウロも心を動かされたようでありまして、13節を見ると、「泣いたり、わたしの心をくじいたり、いったいこれはどういうことですか」と言っております。パウロを思う皆の気持ちが身に染みて、心がくじけそうになったのであります。パウロにしても、エルサレムで身を縛られて、活動が制限されるようなことは避けて、自由に宣教活動を続けたい筈であります。しかしパウロは続けて、「主イエスの名のためならば、エルサレムで縛られることばかりか死ぬことさえも、わたしは覚悟しているのです」と言い放ったのであります。

2.エルサレム行きの使命

それにしても、パウロがこれほどまでの覚悟をもってエルサレムに行こうとしたのは何故でしょうか。その理由・目的については、筆者であるルカは殆ど何も語っておりません。しかし、パウロ自身が書いた手紙を読みますと、そのことがある程度分かって来ます。(このことは使徒言行録の連続講解説教でも説明いたしましたが、同じことを申し上げます。)

コリントの信徒への手紙一の16章をお開き下さい(323)。この手紙は、パウロがエフェソで記したものと考えられています。この手紙には、多くの問題を抱えているコリントの教会に対するアドバイスが書かれておりますが、その最後の部分に当たる16章で、エルサレム教会の信徒のための募金につて指示を与えています。1節から4節を読みます。

聖なる者たちのための募金については、わたしがガラテヤの諸教会に指示したように、あなたがたも実行しなさい。 わたしがそちらに着いてから初めて募金が行われることのないように、週の初めの日にはいつも、各自収入に応じて、幾らかずつでも手もとに取って置きなさい。そちらに着いたら、あなたがたから承認された人たちに手紙を持たせて、その贈り物を届けにエルサレムに行かせましょう。わたしも行く方がよければ、その人たちはわたしと一緒に行くことになるでしょう

一読してお分かりのように、パウロはガラテヤの教会に対しても、コリントの教会に対しても、エルサレム教会の聖なる者たち(=信者たち)のための募金を勧めていて、今度パウロが訪問するまでに少しずつ蓄えておきなさい、という指示であります。コリント教会は内部に大きな問題がありましたが、それが解決してから、他の教会のことを考えるというのではなくて、内部の問題に取り組むのと同時に、全体教会のためにも仕えるということが大切なのであります。特に、エルサレムの教会はユダヤ人社会の真只中にある教会で、ユダヤ人たちからの迫害が強くて、信徒たちは経済的な面でも圧迫を受けて、苦しんでいたと思われます。

このような援助は、単に<全体教会の中で困っている者たちがいたら助け合わねばならない>というだけのことではありません。もっと積極的な理由があります。そのことが、ローマの信徒への手紙の15章に触れられています(296)15章の25節から27節を読みます。

 しかし今は、聖なる者たちに仕えるためにエルサレムへ行きます。

マケドニア州とアカイア州の人々が、エルサレムの聖なる者たちの中の貧しい人々を援助することに喜んで同意したからです。彼らは喜んで同意しましたが、実はそうする義務もあるのです。異邦人はその人たちの霊的なものにあずかったのですから、肉のもので彼らを助ける義務があります。

 エルサレムの教会は主イエスの直接の弟子を中心にして出来た最初の教会で、ユダヤ人で改宗した人たちが中心でありました。そしてエルサレムで起こったユダヤ人による迫害のために散らされた人たちによって福音が周辺地域に広がり、さらにパウロたちの働きによって、アジア州やマケドニア州やアカイア州にまで伝えられて、異邦人の地にも教会が次々と建てられたのであります。ですから、福音はエルサレムのユダヤ人中心の教会から、各地の異邦人中心の教会へと広がったのであります。そのことをパウロは<異邦人はエルサレムの教会の人たちの霊的なもの(=救いの恵み)にあずかったのですから、肉のもので(=金銭的なもので)彼らを助ける義務があります>と言っているのであります。

これは、<良いものを受けたのだから、そのお返しをするのは当然だ>というような、単なるこの世の礼儀の話ではありません。ユダヤ人から異邦人へ福音が広がったということは、単なる歴史の偶然ではなくて、神様の救いの御計画によることであります。その神様の御計画の中で、イスラエルの民が神の民として選ばれ、救い主イエス・キリストの出現の準備をして来たのであります。そうした救いの歴史の中で、ユダヤ人が果たした役割を抜きにして、異邦人の救いはなかったのであります。ですから、ユダヤ人の果たした役割を決して軽んじてはならないのであります。

しかるに、異邦人の教会とエルサレムのユダヤ人の教会との関係は、必ずしもうまくいっておりませんでした。ユダヤ人の信者もイエス・キリストを信じることによって救われたのですけれども、旧来の、割礼を受けて律法を重んじる生活をすることが救いにつながるのだという思いから、なかなか抜け出すことが出来ずに、異邦人にも割礼を要求するようなことをして、困らせるようなことがありました。そうした問題に決着をつけるために、先に使徒会議と呼ばれる教会会議が行われて、異邦人にはそのような重荷を負わせないという結論に達したことが15章には報告されていました。しかし、その後も異邦人教会とエルサレムのユダヤ人教会は、それぞれ独自の道を歩んでいて、積極的な交流はなかったようであります。そうした中で、経済的に苦しんでいるユダヤ人の信徒を異邦人の教会が助けるということは、教会全体が内実において一致するために、とても重要な働きである、とパウロは考えていたのであります。

救いというのは、突然降って湧いたように、一人一人に与えられるものではありません。必ず教会へ導いてくれた人がいますし、御言葉を伝えてくれた人がいるのであります。そうした導き手の陰には、その人を支えた教会の歴史と伝統があります。各個教会も、単独で成り立っているわけではありません。多くの先輩の働きがあり、多くの諸教会の祈りと具体的な支えによって成り立っているのであります。パウロのエルサレム行きは、そうした教会の相互間の祈り合い支え合いの先駆けになる働きであって、キリストの体なる教会が、実質的に一つの教会として形成されて行くためには、どうしても必要なステップであったのであります。

3.主イエスの名のために

このように、各教会からの献金をエルサレムの教会に届けるということは、大変意義深いことなのでありますが、それだけであれば、聖霊がパウロの身の危険を予告しているのでありますから、届けるのは他の人に委ねるという方法も考えられます。けれども、異邦人への宣教をしてきたパウロ自身がエルサレムの教会の人たちに報告して、自ら異邦人信者とユダヤ人信者の架け橋になりたいという思いがあったかもしれません。しかし、そうだとしても、それは人間的な考えに過ぎません。やはり、パウロの決断の後ろには、冒頭でも触れましたが、ミレトスの別れの説教の中で「“霊”に促されてエルサレムに行きます」と語っておりましたように、聖霊の示しがあったということが大きいのではないでしょうか。聖霊の示しなどと言うと、神秘的な事柄のように受け取られるかもしれませんが、パウロはエルサレムで、たとえ行動の自由を奪われるようなことがあっても、たとえ命を落とすようなことがあっても、「主の名のために」行なう使命なのだから、必ず達成できると確信していたということではないでしょうか。

更に付け加えなければならないことは、パウロは、ただ使命の達成を確信して、予想される苦難に勇敢に立ち向かおうとしたというだけではなくて、そこに主イエスの十字架の恵みに与るという大きな喜びを見出していたのではないか、ということであります。  今回の箇所を「日曜学校誌」で担当なさったのは、富良野伝道所の小野寺泉先生ですが、先生は次のような主旨のことを書いておられます。ここでパウロは「主の名のためならば」と語っておりますが、「名」というのは、聖書の世界では「名」を持つ者の現臨を意味します。だから、「主の名のために」ということは、<聖霊においてその場に臨んでおられて、生きて働いておられる主イエス御自身のために>、ということであります。その主イエスはエルサレムにおける十字架へと向かわれ、そして、その死と復活によって、すべての人間のために新しい復活の命を差し出されました。パウロは、この事実を明らかにするために、エルサレムで待っている苦難にも拘わらず、喜び勇んで行こうとしているのです。ですから、パウロが死と苦しみを覚悟するのは、自己陶酔でも英雄主義的な行為でもなくて、主イエスが備えられた復活の命に、自らも、そしてエルサレムの人たちも与るためなのであります。

結.御心が行われますように

最初に申しましたように、私たちもイエス様に従って行くのかどうか、ということが問われています。イエス様に従って行くということは、「主イエスの名のために」生きるということです。それは、今は、必ずしもパウロと同じように、命がけという状況ではありませんが、自分の楽しみや幸せを求めて生きる生き方とは違います。そこには、苦難が伴うかもしれません。この世的な幸せを捨てなければならないかもしれません。そういう生き方を、パウロの同行者やカイサリアの人たちが引きとめたように、私たちの周りの人々は、私たちを引きとめるかもしれません。しかし、イエス様に従って行くという生き方には、私たちが捨てるものよりもはるかに大きな喜びが伴います。イエス様と共に歩む、新しい命に生きるという喜びがあります。

使徒言行録に戻って、14節を見ますと、パウロがわたしたち勧めを聞き入れようとしないので、わたしたちも、「主の御心がなりますように」と言って、口をつぐんだ、とあります。これは、<余りにもパウロの意志が固いので、説得を諦めた>、ということではないでありましょう。パウロの決心の中に、聖霊の導きと、主の御心があることを信じたということであります。依然として、エルサレム行きの不安が解消したわけではありませんが、主の御心に委ねて祈ったのであります。ティルスで見送りに来てくれた人々も、浜辺にひざまずいて祈りました。今また、パウロの同行者たちも「主の御心が行なわれますように」と祈りました。真実の祈りはいつも、自分の思いや願いを申し述べるだけではなくて、主の御心に委ねる祈りであります。

この祈りは、イエス様が十字架に向かわれる前に祈られたゲッセマネの園での祈りを思い起こさせます。主イエスは「わたしが願うことではなく、御心に適うことが行われますように」と祈られました。そして主イエスが教えて下さった「主の祈り」の中でも、「御心が行われますように」と祈るように教えて下さいました。もちろん、主イエスが受けられる十字架の苦難と、パウロや私たちが受ける苦難とは、本質的な違いがあります。しかし、主イエスの十字架の先に復活があったように、イエス様に従って行こうという私たちの信仰の決断の先にも、新しい復活の命が約束されているのであります。本当の生き甲斐に生きる喜びが待っているのであります。この約束を信じて、私たちもまた、「御心が行われますように」と祈る者とされたいと思います。

祈りましょう。

祈  り

すべてを御心のままに治め給う父なる神様!

御名を賛美いたします。

パウロが、予想される苦難を前にして、主の御名のために、与えられた使命に歩み始めたように、そして、周りの人たちも、「御心が行われますように」と祈ったように、どうか、私たちも、主イエスに信頼し、これからの歩みを主に委ねる者とならせて下さい。そしてどうか、主に従って行く生き方へと踏み出すことの出来る者とならせて下さい。
 主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン。

米子伝道所主日礼拝説教<全原稿>    2010年6月13日  山本 清牧師 

 聖  書:使徒言行録21:1-16
 説教題:「主イエスの名のため」
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