「これらのことを話したのは、あなたがたがわたしによって平和を得るためである。あなたがたには世で苦難がある。しかし、勇気を出しなさい。わたしは既に世に勝っている。」  (ヨハネによる福音書16:33)
              
 
主イエスは別れの説教の締めくくりに当り、「もはやたとえによらず、はっきり父について知らせる時が来る」(25)と言われた。その「時」とは、十字架と復活の御業が行われ、聖霊が降って、教会が誕生する時である。その時には、私たちの罪は赦されているので、主イエスの名によって父なる神に祈ることが出来るし、神の愛を直接受けることができるようになると約束して下さった(26,27)。
 この主イエスの言葉に、弟子たちは少々舞い上がって、「あなたが神のもとから来られたと、わたしたちは信じます」(30)と告白した。だが主は、「あなたがたが散らされて自分の家に帰ってしまい、わたしをひとりきりにする時が来る」(32)と、弟子たちが脆くも崩れ去ることを見抜いておられる。この弟子たちの姿は、私たちの現実でもある。主イエスはそんな弟子たちの弱さを見据えながら、十字架へと真直ぐに進まれる。そして、標記のように語られた。「あなたがたには世で苦難がある」という言葉には、<私はあなたがたの苦難を全部承知している>という意味が込められている。主は、私たちの弱さや罪や苦難を知り尽くしておられるだけでなく、それらに正面から立ち向かわれる。「勇気を出しなさい」という言葉の背後には、闇の中に光をもたらせ、死の世界を命の世界へと転換させる主イエスの力が込められている。そして、「わたしは既に世に勝っている」と断言される。それは「わたしはひとりではない。父が共にいてくださる」(32)と確信しておられるからだ。その確信の前には、悪も罪も死も、太刀打ち出来ない。それ故に、戦いの勝敗は既に決着している。私たちの心の中にある不安や恐れや不信仰が、すぐさま解消するわけではない。身辺における苦難との戦いは続く。だが、終わりの日には、主イエスと共に勝利を喜び合うことが約束されている。

 米子伝道所主日礼拝説教<要 旨>     2010年3月21日  山本 清牧師 

 聖  書:ヨハネによる福音書16:25−33
 説教題:「世に勝っている
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