「しかし、その方、すなわち、真理の霊が来ると、あなたがたを導いて真理をことごとく悟らせる。その方は、自分から語るのではなく、聞いたことを語り、また、これから起こることをあなたがたに告げるからである。」             (ヨハネによる福音書1613

 主イエスが、「わたしをお遣わしになった方のもとに行く」ということを何度も語られ、弟子たちは、はじめのうちは「どこへ行かれるのですか」と問うていたが、主が死を覚悟しておられることを知るようになり、「心は悲しみで満たされ」るようになった。これは別れの悲しみというより、この世の力に敗北してしまっているのだ。そんな弟子たちの心の内を見抜いておられる主は、「わたしが去って行くのは、あなたがたのためになる」と言われ、弁護者である聖霊を送ると約束された。見える姿の地上のイエスであれば、主に会い、御言葉を聞ける人が限られる。だが、聖霊が遣わされることによって、いつでも、どこでも主を礼拝し、主の御心に接することができるようにされるのだ。
 聖霊が来ると、罪や義や裁きについて、世の誤りが明らかにされ(8)、正しい理解が得られる(911)とともに、標記のように、真理を悟るように導かれる。ここで、真理とは、科学や学問の世界の真理ではなく、霊的真理であり、神の救いの御心のことである。その真理は、父なる神と子なるイエス・キリストと聖霊との三位一体の神によって、私たちに語られ告げられるのである。
 真理の霊は、さらに、「これから起こること」、即ち、主の十字架によって罪から解放され、神の国に入れられることを私たちに告げるとともに、「わたしに栄光を与える」(14)、即ち、主イエス・キリストを褒め称える礼拝を捧げる者となるように、導いて下さるのである。聖書の御言葉を説き明かす「説教」と、主の十字架の御業を現わす「聖餐」に、聖霊が働いて、目に見えない主の御臨在を信じる者とされ、十字架による罪からの救いの真理を悟る者とされて、心からの礼拝を捧げることができるようになるのである。

 米子伝道所主日礼拝説教<要 旨>     2010年3月7日  山本 清牧師 

 聖  書:ヨハネによる福音書16:1−15
 説教題:「真理を悟らせる」
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