「あなたがたに新しい掟を与える。互いに愛し合いなさい。わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい。」               (ヨハネによる福音書1334
 「互いに愛し合いなさい」との掟は、旧約の律法の中にも「自分自身を愛するように隣人を愛しなさい」(レビ19:18)という形で与えられており、主イエス御自身も、律法学者の質問に答えて、これを重要な掟として教えて来られた(マタイ22:39ほか)。その掟をここで改めて「新しい掟」とされるのはなぜか。
 直前に弟子の一人であるユダが主イエスを裏切るために席を立ち、その他の弟子たちも「わたしが行く所にあなたたちは来ることができない」と言われたように、十字架に向かわれる主イエスを理解できず、離反する中で、主イエスがただ独りで十字架にお架かりになって、神の救いの計画が達成され、御自身と父なる神の栄光を現わされることになる(31,32節)。こうして、律法による愛の掟の時代が終わり、十字架の福音による新しい愛の掟の時代が(ひら)かれるのである。
 だから、「新しい掟」には、「わたしがあなたがたを愛したように」という、主イエスの十字架の愛の大前提がついている。私たちは、愛し甲斐(がい)のある者や、見返りが期待できる者しか愛さず、自分の栄光を求め、人を裁く。だが、本当の愛とは、主イエスの十字架に示されているように、罪の赦しの愛である。この主の愛を感謝して受け入れることが出来た者だけが、その愛に応えて、自分もまた人を愛し、赦すことが可能となる。先行した主の愛が私たちの愛の源泉であり、原動力なのだ。
 そして主は更に、「互いに愛し合うならば、それによってあなたがたがわたしの弟子であることを、皆が知るようになる」35節)と言われる。教会の兄弟姉妹がキリストの赦しの愛を映し出すことが出来る群れとされるならば、教会の外の「皆」がキリストの愛を知るようになって、福音の伝道は自然に進むのだ。 

 米子伝道所主日礼拝説教<要 旨>     2009年11月15日  山本 清牧師 

 聖  書:ヨハネによる福音書13:31−35
 説教題:「新しい掟」
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