あなたがたは、真理を受け入れて、魂を清め、偽りのない兄弟愛を抱くようになったのですから、清い心で深く愛し合いなさい。あなたがたは、朽ちる種からではなく、朽ちない種から、すなわち、神の変わることのない生きた言葉によって新たに生まれたのです。
                 (ペトロの手紙一1:
22,23

 異教社会の中にあって、周囲の人たちとの関係に悩みながら、伝道を進めようとするキリスト者たちに対して、教会の中の兄弟姉妹が「清い心で深く愛し合う」ことを勧めている。ここで「真理」とは、頭で考える哲学的真理ではなく、キリストの尊い血で罪が贖われたという愛の真理のことで、「受け入れて」とは服従することを意味し、キリストの愛に従って(真似て)生きることである。「偽りのない兄弟愛」とは、見せかけでない本物の兄弟姉妹の愛のことで、キリストの愛に従うことによって、魂(存在の根元)が既に清められた(完了形)のであるから、清い心で深く(熱心に、根気よく)愛し合えるようにされている、と言っているのである。
 しかし、現実の教会の中には、不一致があり、見せかけの兄弟愛に陥っていたのかもしれない。私たちもそうなり勝ちである。しかし、それでは周囲の異教の人たちに対して証しにならない。そこで、永続的にキリストの愛に従うことが出来る方法を伝授する。それが「朽ちない種」すなわち、「神の変わることのない生きた言葉によって新たに生まれる」ことである。私たちの愛は変わり易く、永続的ではない。しかし、「生きた御言葉」を受けて、それに従うならば、キリストの愛が教会の中に新たに生み出され、兄弟愛が甦るのである。
 教会の内側で甦った兄弟愛は必ず外側にも現れる。キリストの愛は教会の周囲にも溢れ出る。金や太鼓の伝道活動よりも大切なのは、まず、教会の内部で、福音の真理(キリストの愛)を本気で受け入れて、それに従って愛し合うことなのである。わが国の教会の現状は勢いがなく、「草は枯れ、花は散った」かのようにも見える。しかし、主の御言葉は変わることなく注ぎ続けられている。

 米子伝道所主日礼拝説教<要 旨>     2009年4月26日  山本 清牧師 

 聖  書:ペトロの手紙一1:22−25
 説教題:「朽ちない種による新生」
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