堅固な思いを、あなたは平和に守られる/あなたに信頼するゆえに、平和に。(イザヤ書26:3)

 金融危機に端を発した世界不況の中で、不安が世の中を覆っている。預言者イザヤは、当時、不安の中にあったユダの民に、終りの日の「平和(平安)」を語る。「我らには、堅固な都がある。救いのために、城壁と堡塁が築かれた(1)と。「堅固な都」とは、エルサレムを指すが、それは、救いの契約(約束)で守られたユダの民をも表す。だが、ユダの民は神を信じなかったために大国の支配下に入り、物理的なエルサレムも破壊された。だが、神の契約が反故(ほご)になったわけではない。「城門を開け/神に従い、信仰を守る民が入れるように(2)。これは城外に住むユダの民も城内に入って守られるというのが原意であるが、イエス・キリストの十字架によって、救いの約束は「新しい契約」として、広く、キリストを信じる人々に門戸が開かれることを指し示している。
 標記は、城門の中に入れられた者の祝福された状態を語っているが、原文を直訳すれば、「思いを寄せる人を、あなた()は守られる、平和、平和。なぜなら、あなたを信頼するから」となり、平和(平安=シャローム)を二度繰り返して強調している。シャロームとは、単に争いがなく平穏な状態を指すのではなく、満ち足りて、命がみなぎっている状態を表す。人間が創造された時の、神との間のシャロームな関係を、人間は破ってしまった。しかし、「平和(シャローム)の契約は揺らぐことはない」(イザヤ54:10)と言われ、「彼(苦難の僕)の受けた懲らしめによって、わたしたちの平和(シャローム)が与えられ、彼の傷によって、わたしたちはいやされた」(イザヤ53:5)と言われている。このシャロームは、イエス・キリストによって、未来のことではなく、現在のこととなった。「わたしたちは信仰によって義とされたのだから、わたしたちの主イエス・キリストによって、神との間に平和を得ており、このキリストのお陰で、今の恵みに信仰によって導き入れられ、神の栄光にあずかる希望を誇りにしています」(ローマ5:1,2)とパウロが言う通りである。

 米子伝道所主日礼拝説教<要旨>       2009年2月1日  山本 清牧師 

 聖  書:イザヤ書26:1−6
 説教題:「主による平和」
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