「ダビデの子ヨセフ、恐れず妻マリアを迎え入れなさい。マリアの胎の子は聖霊によって宿ったのである。マリアは男の子を産む。その子をイエスと名付けなさい。この子は自分の民を罪から救うからである。」               (マタイによる福音書1:2021

 マリアと婚約していたヨセフは、マリアが身ごもったことに気付き、その受け入れ難い事態に苦悩する。婚約中に他の男と関係を持つことは、律法によれば姦淫の罪に当たり、石で打ち殺されねばならないと定められていた。神の掟を重んずる正しい人であったヨセフは、掟に忠実であろうとすれば、マリアを告発しなければならない。しかし、マリアを愛していたヨセフは、ひそかに離縁しようと決心した。無責任な男だとのそしりを受けても、マリアの命を守ろうとしたのだ。これは、人間として出来る最善の決断である。
 ところが、そのヨセフに、夢の中で主の天使から、標記の言葉が告げられた。こうして、苦悩と恐れの中にあったヨセフは、神がなさった出来事に向き合わされる。理性では納得できない事柄であるが、ヨセフは天使の言葉を信じて、命じられたとおり、マリアを迎え入れた。これはヨセフにも聖霊が働いたとしか言いようがない。
 私たちの身の回りでも、私たちを驚かせたり、恐れさせたり、時には、なぜこんな目に遭わねばならないのかと思うような出来事が起こる。しかし、そのような出来事によって、ヨセフと同様に私たちは神と向き合う恵みを与えられるのである。
 生まれた子は、「主は救い」という意味の「イエス」と名付けられる。神から離れて罪の中にいる人々のところに、御子イエスをお送りになることによって、神の方から近づいて下さったのだ。それは、イザヤのインマヌエル(神が我々と共にある)の預言の成就である。ヨセフは、そのような神の救いの業に参与する光栄へと、聖霊によって引き寄せられたのである。主は、このクリスマスにも、私たちのところにも来て、共に主の御業にあずからせて下さる。 

 米子伝道所クリスマス礼拝説教<要旨>   2008年12月21日  山本 清牧師 

 聖  書:マタイによる福音書1:18−25
 説教題:「神は我々と共に」
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