「あなたたちはわたしのことを知っており、また、どこの出身かも知っている。わたしは自分勝手に来たのではない。わたしをお遣わしになった方は真実であるが、あなたたちはその方を知らない。わたしはその方を知っている。わたしはその方のもとから来た者であり、その方がわたしをお遣わしになったのである。」(ヨハネによる福音書7:28,29

 イエスが本当の救い主メシアであるのかどうかは、私たちの人生を左右することだけに、真剣に問わなければならない。エルサレムの人々は、指導者たちがイエスを殺そうとねらっているのを知っていただけに、イエスが公然と話しておられるのを見聞きして、もしや、指導者たちもイエスをメシアだと認めたのではないかと戸惑いつつ、自分たちなりに聖書の預言(ミカ5:1など)に照らしながら、出身地や来られた時の状況が預言と異なると見て、イエスはメシアではなさそうだと判断した。そのような人々に対して主イエスは大声で標記のように言われた。人々は地上の出身地などを問題としているのに対して、主イエスは神のもとから来られたのであり、人間に対する神の真実な救いの御意志に基づいて遣わされたことを述べられたのである。私たちは神の真実を直接知ることは出来ない。ただ、遣わされた救い主イエスの十字架と復活の御業によって、神の真実の全てが示されるのである。
 このようなイエスの言葉を聞いて、指導者たちはイエスを捕らえようとしたが、手をかけることは出来なかった。神がお定めになった「イエスの時」が来るまでは、誰も捕えることは出来ないのである。そして主イエスは、しばらく地上にいて、御計画に従って救い主としての業を終えた後、天に帰るのだと言われ(33)、「あなたたちは、来ることができない」(34)との厳しい言葉を告げられた。私たちも、この「あなたたち」に含まれるのだろうか。主イエスの救いの御業には「イエスの時」があり、私たちの救いにも時がある。主が礼拝において招いておられるうちに、悔い改めて従っていかなければ、天国に入ることは出来ないのである。

 米子伝道所主日礼拝説教<要旨>      2008年10月19日  山本 清牧師 

 聖  書:ヨハネによる福音書7:25−36
 説教題:「神から遣わされた者」
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