ティルスに対してこのように定めた者は誰か。……それを定められたのは万軍の主である。          (イザヤ書23:8,9)               

 ティルスやシドンの人々は、農業には適さない土地条件の中で、港を有する立地条件を生かして、地中海を舞台にした交易活動に努力することによって、世界に重んじられるまでの地位を築いて、繁栄してきた。彼らはそのことに自負と誇りを持っていたに違いない。しかし預言者は、彼らに繰り返し「泣き叫べ」(1,6,14)と言い、あっけなく破壊されるとの審判を告げる。そのような破壊をもたらすのは誰か。それは、強力な軍事力を持つ大国などではなく、標記のように、「それを定められたのは万軍の主である」と預言者は語る。
 私たちも、自分の生活に満足しているとは言えないにしても、人からは後ろ指を指されないだけのものを築いて来たとの自負を持っている。だが、そのような自負は、根底から揺るがされ、泣き叫ばねばならない時が来る。私たちの生活を支えているのは、私たちの勤勉さや生活力ではないし、行政の力や、国の経済力でもなく、まして軍事力などではなく、主なる神なのである。
 2315以下では一転して、「七十年が終わると、主はティルスを顧みられ」(17)、商業活動が回復すると預言されている。だがこれは、終末的預言である。その時には、不思議なことに、彼らの利益は「主の御前に住む者たちの利益となる」(18と言われる。それは、異邦の民も、主なる神を礼拝し、献げ物を行うようになることを示しているのであろう。主イエスは、悔い改めないガリラヤ地方の民を叱って、「お前たちのところで行われた奇跡が、ティルスやシドンで行われていれば、これらの町はとうの昔に…悔い改めたにちがいない」(マタイ1121)と言われた。悔い改めない者は、終りの日に泣き叫ばなければならない。しかし、自分たちの生活を支配しておられるのは主であることを知って悔い改める者には、終りの日の喜びの礼拝が約束されている。

米子伝道所主日礼拝説教 要 旨              2008年8月3日 山本 清牧師 

 聖  書:イザヤ書23:1−18
 説教題:「泣き叫べ」                
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