「はっきり言っておく。わたしの言葉を聞いて、わたしをお遣わしになった方を信じる者は、永遠の命を得、また、裁かれることなく、死から命へと移っている。」      (ヨハネによる福音書5:24

 主イエスがベトザタの病人に「床を担いで歩きなさい」(5:8)と言って、安息日にしてはならないことをさせ、「わたしの父は今もなお働いておられる」(5:17)と言って、御自身を神と等しい者とされたとして、ユダヤ人たちが殺意を抱き始めたのに対して、主イエスが語られたのが5:19以下の説教である。1930節の間に「はっきり言っておく」という言葉が三回ある。これは主が大切なことを告げられる際の言い方である。
 一回目の「はっきり言っておく」(19)では、子なるイエスは父なる神の御意志をそのまま受けて、復活の命を与えることと、裁くことの二つの「大きな業」(20)をなさることが告げられている。
 二回目の「はっきり言っておく」(24)では、この「大きな業」が、標記のように、主イエスの言葉を聞いて、神を信じることによって、私たちの内に行われると述べられている。言葉は命と結びついている。礼拝において神の言葉を聞くことによってこそ、死から命に移されるのである。
 そして、三回目の「はっきり言っておく」(25)では、霊的に「死んだ者」であった私たちが、神の子キリストの声を聞くのは、「今やその時である」と告げられている。もっと信仰の研鑽を積んでからとか、天に召されてからではなくて、礼拝において、主の御言葉を聞いている「今」こそ、新しい命に生き返る時なのである。
 最後に、「時が来ると(再臨の時に)」(28)、墓の中にいる者は皆、肉体が復活するのだが、「善を行った者(神に向いている者)」は永遠の命を受けるのに対し、「悪を行った者(神に背いている者)」は、永遠の滅びへの裁きを受ける、と言われている。その時になってから悔い改めたのでは遅いのである。礼拝において御言葉を聞いている今こそ、永遠の命か、永遠の滅びかの分かれ目なのである。 

米子伝道所主日礼拝説教 要 旨           2008年7月13日 山本 清牧師 

 聖  書:ヨハネによる福音書5:19−30
 説教題:「死から命へ」                
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