序.重荷を負う人生の中で

・私たちは誰でも、自分の思い通りの人生を歩めることは少ないのであります。それでも若いときは、自分の運命を何とか切り開きたいという意欲を持っております。仮に、恵まれない境遇の家庭に生まれたとしても、あるいは不幸にして障害を持つようなことがあった場合でも、あるいは進学や就職に失敗して、希望の進路に進めないようなことがあったとしても、若い時には、何とかそのような不運をも乗り越えて、将来に向けて自分なりの活路を求めようといたします。

・しかし、よい機会がなかなか訪れず、何度挑戦しても失敗ばかりということが続くと、次第に意欲も薄れ、自分の不幸を嘆くだけで、いつの間にか自分が置かれた状況が当たり前だと思うようになって、不幸な運命を諦めて、それに支配されてしまうようになり勝ちであります。

・たとえ自分の思い通りの人生を歩めなくても、それをいつまでも不平に思って、自分の不運を呪い続けるよりも、自分の置かれた境遇や状況を受け入れるということも人生の知恵ではあります。しかし、自分の置かれた境遇や重荷に支配されてしまって、神様にもそうした所から脱出させて下さる力がないかのように思ってしまったり、神様や他人を恨んだりするだけで、置かれた状況の中で、他の人には経験出来ないような恵みを、神様が備えて下さっているのを発見できないまま、一生を過ごしてしまうようなことがあれば、これほど、もったいないことはありません。

・今日与えられた聖書の箇所には、一人の大変不幸な病人がイエス様によって癒されたという奇跡物語が記されています。でもこれは、単にイエス様が病をも癒す不思議な力を持っておられることを讃美する物語ではありません。これは、運命の虜になって、何の成す術も持ち得なかった一人の男が、イエス様の愛を受けて、それまでの閉塞的な日々を捨てて、新しい人生へと立ち上がった物語であります。

・ちょうど、その日は安息日でありました。安息日とは神様を礼拝する日であります。その日、この男は自分を縛り付けていた重荷から解放されて、本当の安息、つまり神様を礼拝することへと導かれたのであります。しかも、この一人の男が救われただけではありません。この物語を通して、イエス様は、全ての人を神様のもとに立ち帰らせるために、今も働いておられることを示そうとしておられます。

・今日はこの後に、木村光子姉の記念会を行なうことであります。ご遺族の方々も御一緒に礼拝されていて、私たちの思いは、どうしても木村姉の御生涯とその死に向わざるを得ません。木村姉とここに登場する男とは、境遇や生き方が随分違います。木村姉の生涯は、非常に華やかで、活気に満ちた日々でありました。この男の悲惨な生き方とは大違いであります。しかし、木村姉は、心臓に傷をもっておられました。それは彼女の人生に大きく圧し掛かっていたに違いありません。結局、最後までその病と闘わなければなりませんでした。そのような重荷を負っているという点では、この男と共通点があったのであります。けれども、その中で、木村姉は若い時から神様を信じる信仰を与えられていました。神様が自分に働いて下さっていることを知っておられました。そして礼拝生活を続けて来られました。そこに、イエス様と出会う以前のこの男との大きな違いがあります。

・けれどもイエス様は、この男をも見捨て給わなかったのであります。そして、私たち一人一人をもお見捨てになりません。私たちに今も働いて下さっているのであります。

・今日は、この男の出来事と、木村光子姉の御生涯を重ね合わせつつ、そこに生きて働いておられる主イエス・キリストのお姿を仰ぎ見ることによって、私たちもまた新しい、主と共なる人生へと導かれたいと思うのであります。

1.ベトザタの池

・この男の救いの出来事があったのは、51節によりますと、ユダヤ人の祭の時で、イエス様が日常の伝道地であるガリラヤから、神を礼拝する神殿のあるエルサレムの都に上って来ておられた時のことでありました。

・この祭がユダヤのどの祭であるのかは、よくわかっていませんが、祭の時でありますから、全国から人が集まって町は賑わっており、神殿では礼拝が行なわれていた筈であります。

けれども、今日の出来事の舞台となるベトザタという所は、そのような町の賑わいから取り残された空間でありました。ベトザタという所のことについては、2節、3節にこう記されています。

エルサレムには羊の門の傍らに、ヘブライ語で「ベトザタ」と呼ばれる池があり、そこには五つの回廊があった。この回廊には、病気の人、目の見えない人、足の不自由な人、体の麻痺した人などが、大勢横たわっていた。

・なぜ病気の人が大勢そこにいたのか、これだけでは分かりませんが、3節と5節の間に十字のような印があって、4節が抜けています。そこは古い写本では、このように抜けていて、新しい写本では文章が入っているので、後代に説明的に書き足したのではないかと考えられています。その追加した部分が、このヨハネ福音書の最後の頁(p212)に書かれていますので、御覧下さい。

 彼らは、水が動くのを待っていた。それは、主の使いがときどき池に降りて来て、水が動くことがあり、水が動いたとき、真っ先に水に入る者は、どんな病気にかかっていても、いやされたからである。

・これは、そこの水が冷泉で薬効があったのか、単なる伝説なのかは分かりませんが、ともかく治り難い病を負った人たちが、すがる思いでここに来て、水が動くのを待っていたようであります。

一旦水が動くと、大変なことになったことでしょう。我れ先にと人を押しのけてでも水に飛び込まないと、癒される機会を失うと信じられていたわけですから、異常な光景が展開されたことと思われます。「ベトザタ」という名は「いつくしみの家」という意味を持っていますが、その名とは裏腹な、殺気立った悲惨な争いの場となったことが想像されます。この日、多くの人は、神殿で礼拝をしておりましたが、ここには、礼拝にも行けず、ただ水の動くのを待ち構える多くの病人が横たわっていたのであります。

2.三十八年も病気で苦しんでいる人

・さて、5節にありますように、そこに三十八年も病気で苦しんでいる人がいました。7節で本人が言っておりますように、これまで何度も水が動く機会はありましたが、いつも、ほかの人に先をこされてしまったのであります。この人の病状はわかりませんが、足が不自由だったためか、病気が相当重症であったためか、ともかく自分一人ではすばやく動くことが出来なかったようですし、また手助けしてくれる家族や友人もなかったようで、もはや癒される見込みもなく、殆ど希望を持てない状態でありました。しかし、他に癒される当てもなく、ずっとこのベトザタの池の回廊に横たわっていたのであります。

この男の姿は、病気が周りの人たちよりも重い上に、誰も助ける人がいないという、特別に悲惨な状態であります。私たち自身は、これほど不幸な状態ではない、と言えるかもしれません。しかし、人間は誰しも、その人生の中で、自分では払い除けることのできない重荷を負わなければならないことがあるものであります。木村姉も例外ではありませんでした。問題は、人が重荷を負わなければならなくなった時に、どう対処するかであります。この男も、病気から解放されるために色々な事を試みたに違いありません。当然医者にもかかったことでしょう。しかし、当時の低いレベルの医療では、限界があったのでしょう。加持祈祷の類にも希望を託したことがあったかもしれません。しかし結局、ベトザタに来ざるを得なかったのであります。体を思うように動かせない状態で、水が動いた時に、人より先に水に入る望みは殆どありませんが、この半ば迷信のような、殆ど可能性のないことに頼らざるを得なかったのであります。不幸というほかありません。

それでは、私たちはこのような場合に、どのような手立てを行なうのでしょうか。現代では、体や心の病にしろ、経済的な困窮といった重荷にしろ、当時とは比べものにならない様々な解決手段が用意されています。しかしそれでも、期待通りの解決が与えられない場合も多いのであります。木村姉の場合は、人工弁という現代の医療技術によって、28年間、命を繋ぐことが出来ました。しかし、それも完全な解決策ではありませんでした。このような場合に、人はどうすればよいのでしょうか。諦めるしかないのでしょうか。癌で末期になった人が、色々な民間療法にかすかな望みを託して試みるのを耳にします。現代でも、加持祈祷や迷信と思われるものの類に頼る人も多いように思います。根本的には、ベトザタの池の回廊に身を横たえるのと同じようなことが、現代でも行なわれていると言ってもよいのではないでしょうか。

3.「良くなりたいか」

・ところで、イエス・キリストは、このベトザタの池にやって来られたのであります。イエス様は神殿で行なわれていた礼拝にも参加されたかもしれませんが、この重荷を負って苦しんでいる人たちが横たわっている所にもやって来られました。そして、この男を御覧になり、彼が三十八年間も病気で苦しんでいるのを知って、声をかけられたのであります。

・イエス様はこの男に、「良くなりたいか」と言われました。この言葉は取り様によっては、失礼な言葉であります。不自由な身でありながら三十八年もこんな所にいるのは、治りたいからに決っています。誰も好き好んでこんな所にはいません。この言葉が単なる質問であるなら、こんな意味のない言葉はありません。

・しかし、イエス様がこのように言われたのは、もちろん単なる質問ではありません。イエス様はこの男の不幸や願いを十分御存知であります。そしてこの言葉によって、この男の不幸の中に入って行こう、御自分も一緒にその不幸を担おうとされているのであります。治りたいと思いつつも、もはや治ることから見放されたような状況の中で、治る希望さえ失いかけているこの病人に向って、もう一度、治る希望を持つことへと招こうとしておられるのであります。否、共に重荷を担うことによって、治そうとしておられるのであります。

・しかしこの病人は、まだそのようなイエス様のお心を読み取ることが出来ずに、7節にあるように、自分の不幸を嘆く言葉を語っております。イエス様に助けを求めようとはいたしません。救い主が目の前におられるのに、まだ、自分の不幸の中に留まったままでおります。私たちもそういうことがあるかもしれません。イエス様が近づいておられるのに、イエス様に救いを求めようともしないことがあります。この病人も初めはそうでありました。

4.「起き上がりなさい」
 ・そこでイエス様はおっしゃいました。
 「起き上がりなさい。床を担いで歩きなさい。」

・三十八年間も横たわっていて、離れられなかった床から起き上がるように命じられました。誰も起こすこともしてくれなかった床から自分で起き上がることを命じられました。いつ訪れるかわからない機会を待つのではなくて、今、起き上がることを命じられました。しかも、自分が横たわっていた床を担いで歩くようにおっしゃったのであります。自分で歩くどころか、水に入ることさえ出来なかった者に、床を担いで歩くことを命じられました。再び歩くことなど、夢のまた夢であったこの男に、歩くことを命じられました。人生の先行きに何の望みも抱くことが出来なかった絶望の壁を打ち倒すことを命じられたのであります。

・ここでイエス様は、過去の罪を問うたり、悔い改めを求めたりすることはなさいませんでした。イエス様の力を信じるかどうか、というような信仰を問うこともなさいませんでした。むしろ、このイエス様の命令が、この男の中に信仰を呼び覚ましたと言ってよいでありましょう。この男は、疑うこともなく、すぐにイエス様の言葉に従って、床を担いで歩き出したのであります。イエス様が、この男を憐れんで下さり、この男の重荷を一緒に担って下さったからこそ、嘆きの壁は砕かれて、希望へ向かって立ち上がることが出来たのであります。

・それまでベトザタの池には、嘆きと絶望が覆っていました。神様を礼拝することからは遠い空間でありましたが、今や、喜びと讃美がもたらされる空間に変えられました。

5.「もう、罪を犯してはいけない」

9節の最後(次の頁の最初)には、その日は安息日であった、と書かれています。この男にとっては、何十年ぶりに安息がもたらされた日でありました。しかし、この事が行なわれたのが安息日であったということから、この後、ユダヤ人たちが、10節にあるように文句を言い出すのであります。安息日には労働を禁じられていましたから、床を担ぐといった行為はしてはならなかったのであります。この男が、「わたしをいやしてくださった方が、『床を担いで歩きなさい』と言われたのです」と言います。しかし、この男は癒した方の名前を知りませんでした。

その後、イエス様は神殿の境内で、この男と出会われます。この男は何十年ぶりかに神殿へ行って、礼拝をすることも出来たのであります。しかし、イエス様の目から見ると、この男の問題は全部片付いてはいなかったのであります。この男に出会われたイエス様は、こう言われます。「あなたは良くなったのだ。もう、罪を犯してはいけない。さもないと、もっと悪いことが起こるかもしれない。」――イエス様は罪のことを問題にされています。この男がイエス様によって病気を癒されたことは、単に体を癒されただけではなくて、この男の過去の罪もお赦しになったということでありましょう。しかし、人間は、そこまでしていただいても、また罪を犯してしまいます。自分を救って下さった方のことさえ、忘れてしまい勝ちであります。その時は「もっと悪いことが起こるかもしれない」とおっしゃいます。「もっと悪いこと」とは、永遠の滅びでありましょう。イエス様は、この男の三十八年間の病が癒されたことよりももっと大切な、罪の問題のことを心配してフォローをしておられるのです。単に体が癒されるだけではなくて、魂が救われることをこそ、願っておられるのであります。

結.わたしの父は今も働いておられる

・この後、この男はイエス様の名前が分かったので、ユダヤ人たちに知らせました。そのために、ユダヤ人たちはイエス様を迫害し始めます。それは、イエス様が安息日の規定を無視するようなことをされたからであります。結果的には、この男の思慮のない行動が、主イエスを十字架に追いやる一つの理由をつくることになってしまうのであります。人間のすることは、このように罪深いのであります。しかしイエス様は、そんなことを物ともされません。ユダヤ人たちの非難に対して、イエス様は17節でこう言っておられます。「わたしの父は今もなお働いておられる。だから、わたしも働くのだ。」

・このお言葉には、<神様は安息日の規定にこだわらずに、人を救うために働くお方である>という意味もありますが、それだけでなく、三十八年の間、人を悩ませ、苦しめてきた悲惨をも打ち崩して、希望へと立ち上がらせて下さったように、今も私たちの救いのために働いていて下さる、という宣言であります。

私たちの周りには、今も苦しみと悲惨が満ちています。その中で、ただ嘆くしかなく、希望を失い勝ちになります。しかし、神様は決して働きをやめておられるのではなくて、イエス様によって、今も私たちの救いの業を着々と進めておられるのであります。その救いとは、単に病気を癒されるとか、幸せな生活ができるということではありません。神様を信じる者になるということであります。そこに魂の救いがあります。

木村姉は、長く心臓の傷を負ったまま、最後には非常な苦しみを経験されて、遂に死の時を迎えられました。結局、再び癒されることはありませんでした。しかし、木村姉は、あのベトザタの男とは違って、若くして信仰を得ておられました。もちろん、信仰を持っていたからと言っても、病の肉体的な苦しみが和らぐわけではありません。その中で、信仰が揺らぎそうになることだって、あったかもしれません。しかし、木村姉は、礼拝生活を続けられる中で、ここでイエス様がおっしゃっているように、天の父が今もなお働いておられ、イエス・キリストも働いておられることを知っておられました。だから、最後は、平安のうちに天国へと召されることが出来たのではないでしょうか。

・ベトザタの男は、イエス様によって奇跡的に三十八年の病を癒されることによって、イエス様の働きを証ししました。木村姉は長く病を背負いながらも、そしてその病によってこの世の命を閉じなければなりませんでしたけれども、長い礼拝生活を通じ、また様々な社会的活動を通じて、神様の御栄光を現して来られました。

・私たちもまた、それぞれに肉体的、精神的な重荷を背負っている者であります。しかしイエス様は、あのベトザタの男を訪ねて下さったように、また木村光子姉を捉えて用いて下さったように、私たちをも用いて、今も本当の救いのために働いておられるのであります。喜ばしい出来事も、また苦しい出来事さえも、私たちが天国に入れられるための一里塚であり、更に多くの人々が救われるために用いられるのであります。神様は今日もこのような礼拝を通して、救いの御業をなし続けておられるのであります。
・祈りましょう。

祈  り
 ・今も働き給う父なる神様!

・あなたは私たちの喜びも苦しみも、全てを御存知であり、すべてを御計画に従って用いて、私たちを真実の救いへと導こうとしておられることを信じ、感謝いたします。

・どうか、今日、この礼拝に導かれましたすべての人を、あなたの救いから漏れることがないようにして下さい。特に、木村姉を天に送って、淋しい思いをしておられる御遺族の方々を、あなたが深い御心をお知らせ下さることによって、慰め、力づけて下さい。
・主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン。

米子伝道所主日礼拝説教 要 旨           2008年7月6日  山本 清牧師 

 聖  書:ヨハネによる福音書5:1-18
 説教題:「今も働く主」     
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