イエスは言われた。「帰りなさい。あなたの息子は生きる。」その人は、イエスの言われた言葉を信じて帰って行った。                      (ヨハネによる福音書4:50

 主イエスがユダヤからガリラヤに来られると、エルサレムで祭りに参加した人たちがイエスのなさったことを見ていたので、歓迎した(45)。しかし、主イエスは「預言者は自分の故郷では敬われないものだ」(44)と言われたように、「御自身は彼らを信用されなかった」(2:24)。そのようなガリラヤに再び来られたのは、この地の人々を本物の信仰に導くためである。
 カファルナウムに住む王の役人の息子が病気で死にかかっていたが、主イエスがカナに来られたと聞いて一日路をやって来て、カファルナウムまで来て癒してくださるように頼んだが、主は「あなたがたは、しるしや不思議な業を見なければ、決して信じない」(48)と言われた。突き放したような、冷淡とも思える言葉だが、これが人々の現実である。父親は、すがるような思いで「主よ、子供が死なないうちに、おいでください」と懇願する。そこにはイエスに対する大きな信頼があるようにさえ見える。だが、主は「よし、一緒に行ってやろう」とはおっしゃらない。そして、標記のように言われた。こんなことを言われても、息子が本当に生きているかどうか、分からない。不安が解消したわけではない。だが父親は、イエスの言葉を信じて帰って行った。息子が元気になったという証しを見ないで信じる信仰へと引きずり込まれたのである。カファルナウムへ帰る途中、僕たちが来て、息子の病気が良くなったことを知らせたので、イエスの言葉の確かさが明らかになった。 私たちにも、イエスの力によって解決していただきたい問題が山積する。この父親のように、主が直接手を伸べて解決に当たってほしいと願う。だが、私たちは標記と同様の御言葉を聴かねばならない。この言葉は言い換えれば、「立ち上がりなさい。私が最善の道を既に備えている」ということである。主は私たちにこう言って、御言を信じる本物の信仰へと引きずり込んで下さるのである。 

米子伝道所主日礼拝説教 要 旨           2008年6月22日 山本 清牧師 

 聖  書:ヨハネによる福音書4:43−54
 説教題:「御言葉を信じる」                
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