序.ローマに到着して

・一昨年の初めから使徒言行録によって御言葉を聴いて参りましたが、今日は、その最後の個所になりました。先週の個所では、パウロたちが、様々な困難を経験しながらも、ついにローマに到着したことが書かれていましたが、今日の個所には、念願のローマに到着して、パウロは何をしたのかということが書かれています。

・パウロは第三次の宣教旅行でエフェソにいたとき、「わたしは、エルサレムに戻った後、ローマも見なくてはならない」(1921)と申しました。そして、ローマの信徒への手紙の中で、「何とかしていつかはあなたがたのところへ行ける機会があるように願っています」(ローマ110)と書き記しました。しかし、この願いは、単にパウロの個人的な願いではありませんでした。エルサレムでユダヤ人たちに捕えられた日の夜、主がパウロのそばに立って言われました。「勇気を出せ。エルサレムでわたしのことを力強く証ししたように、ローマでも証しをしなければならない。」(使徒2311)――つまり、ローマでの宣教は神がパウロに与えられた使命なのであり、神の御計画でありました。

・では、パウロがローマに行くことには、どのような意味があったのでしょうか。神様はパウロにローマで何をさせようとしておられたのでありましょうか。今日の個所にはそのことが語られている筈であります。それを聴き取らねばなりません。

・また、パウロのローマ到着は、パウロの宣教活動の到達点であるとともに、使徒言行録の締め括りの部分でもあります。使徒言行録にはパウロの活動だけでなく、初代教会の成立以来の使徒たちの働きが記されてありました。では、筆者のルカは使徒言行録全体として何を語りたかったのか、使徒たちの宣教活動を通して何を語ろうとしたのか、使徒たちの宣教活動が意味するものは何だったのか、を聴き取らねばなりません。

・更に、聖書は単なる過去の活動の記録ではなくて、現代に生きる私たちへの神の語りかけでありますから、神様がこの使徒言行録を通して、今信仰をもって生きている私たちに対して何を語りかけておられるのかを聴き取らねばなりません。それはまた、私たちが今生きている人生の目的は何か、ということでもあります。

・今日は、使徒言行録のこの最後の部分を通して、そうしたことをご一緒に聴き取りたいと願っています。

1.希望のために鎖を

・パウロはローマに到着して三日の後、長旅の疲れがまだ癒えないうちに、早速、おもだったユダヤ人たちを招いたのであります。パウロの方からユダヤ人たちを訪問したのではなくて、彼らを招いたのは、パウロは囚人としては比較的寛大に扱われたとは言え、16節に書かれていましたように、番兵をつけられていましたし、20節にもありますように、鎖でつながれていて、自由に外出することは出来なかったからでありましょう。

・それにしても、パウロがまず招いたのは、ローマ教会の兄弟姉妹ではなくて、ユダヤ人たちであったことに注目しなければなりません。もっとも、三日間の間には、ローマの信者たちが誰も訪ねて来なかったということは考えられませんが、少なくともルカがまず書きたかったのは、パウロがローマでまずしなければならないと考えていたことは、ユダヤ人に会って話をすることだった、ということであります。

パウロは各地へ伝道した時も、まず訪れたのはユダヤ人の会堂でありました。そこで同胞であるユダヤ人たちにまず、福音を語ったのであります。神様から異邦人への伝道の使命を与えられたパウロでありましたが、このローマでも、まず最初は、同胞のユダヤ人に福音を伝えることから始めるのであります。

とは言いましても、22節までに書かれている第一回目の面会でパウロがユダヤ人に語っておりますことは、一見、パウロがなぜ囚人としてローマまで来ることになったのかという、経緯の説明ないし弁解のように見えます。17節の後半からでは、「わたしは、民に対しても先祖の慣習に対しても、背くようなことは何一つしていないのに、エルサレムで囚人としてローマ人の手に引き渡されてしまいました」と言い、1819節では、「ローマ人はわたしを取り調べたのですが、死刑に相当する理由が何も無かったので、釈放しようと思ったのです。しかし、ユダヤ人たちが反対したので、わたしは皇帝に上訴せざるをえませんでした。これは決して同胞を告発するためではありません」と言っていて、自分がユダヤ人として何も問題を起したわけではない、ということを弁明しているように聞こえます。

・しかし、パウロがユダヤ人たちにどうしても語りたいことは、自分の弁明ではありません。続けて20節でこう言っております。「だからこそ、お会いして話し合いたいと、あなたがたにお願いしたのです。イスラエルが希望していることのために、わたしはこのように鎖でつながれているのです。」――つまり、パウロが語りたいのは、「イスラエルの希望」についてなのであります。パウロがエルサレムで語ったのも、「イスラエルの希望」について語ったのであり、自分が鎖でつながれているのも、他でもなく「イスラエルの希望」について語ったためなのである、というのであります。

・では、その「イスラエルの希望」とは何でしょうか。それについては、以前にアグリッパ王の前で弁明した時に、26章6,7節でこう言っておりました。「今、私がここに立って裁判を受けているのは、神が私たちの先祖にお与えになった約束の実現に、望みをかけているからです。私たちの十二部族は、夜も昼も熱心に神に仕え、その約束の実現されることを望んでいます。王よ、私はこの希望を抱いているために、ユダヤ人に訴えられているのです。」――つまり、「イスラエルの希望」とは、神の約束の実現であります。更に遡って、総督フェリクスの前で弁明した時には、2415節で、希望の中身について、こう言っております。「更に、正しい者も正しくない者もやがて復活するという希望を、神に対して抱いています。」――つまり、希望の中身とは、復活であります。ですから、パウロがユダヤ人を招いて語りたかったことは、神から約束された復活の希望についてでありました。パウロはこの希望のために鎖でつながれているのであります。言い方を換えれば、パウロは神が約束された復活の希望に、鎖でもってしっかりとつながっている、ということであります。

ここにキリスト者の真髄があります。キリスト者とは、復活の希望に堅く結び付けられた者であります。パウロはそのことを、身をもって表わしているのであります。パウロが囚人としてローマにやって来たことをルカが記すのも、そのことを語りたいためでありますし、使徒言行録が全体として伝えたいことも、この復活の希望のことであります。

このパウロの話を聞いたユダヤ人たちは、言いました。「私どもは、あなたのことについてユダヤから何の書面も受け取ってはおりませんし、また、ここに来た兄弟のだれ一人として、あなたについて何か悪いことを報告したことも、話したこともありませんでした。」――これは、彼らがパウロについて何も聞いていないということではなくて、エルサレムのユダヤ人たちが訴えた裁判については、その決着の場がローマに移されてしまえば、訴えが認められる可能性が低くなってしまったので、これ以上裁判に深入りすることを避けようと判断していると受け取ってよいのではないかと思われます。

しかし、22節で彼らは、「この分派については、至るところで反対があることを耳にしているのです」と漏らしているように、キリスト教の動きについては警戒しているのであります。

2.神の国を証しする

・そこで、日をあらためて、パウロとユダヤ人たちが話をすることになりました。今度は大勢のユダヤ人たちがパウロの宿舎にやって来ました。パウロは朝から晩まで、熱心に語りました。その内容は詳細には記されていませんが、23節には、こう要約されています。「神の国について力強く証しし、モーセの律法や預言者の書を引用して、イエスについて説得しようとしたのである。

 パウロは「神の国」について証しました。「神の国」とは神の支配のことであります。神の御支配のことをどのようにして証ししたかというと、「モーセの律法や預言者の書を引用して、イエスについて説得」することによってであります。つまり、イエス・キリストこそ、旧約聖書において約束されていた救い主メシヤであり、この方こそ神の国の王であって、この方が来られたことによって、神の御支配が始まったということを証ししたのであります。主イエスは伝道を開始されるとすぐに、「神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい」(マルコ115)と語られました。このイエス・キリストによってもたらされた福音を、パウロは旧約聖書の約束の実現として語った、ということであります。

・そのことと、先ほどの、パウロが最初にユダヤ人たちに語った「復活の希望」とは別のことではありません。イエス・キリストによる神の国の支配は、罪にまみれた古い命が死んで、イエス・キリストによってもたらされる新しい命に甦えらされることによって始まるのであります。旧約聖書において約束され、イスラエルの民が待ち望んできた神の国は、イエス・キリストによって与えられる復活の命に生きることによって実現したのであります。この復活の新しい命に生き、神の国に入れられることこそ、イスラエルが希望して来たことであって、パウロはそのことを語ったために、鎖につながれることになった、というわけであります。

3.心は鈍り

・ところが、パウロの話を聞いたユダヤ人たちの反応は、二つに分かれました。ある者はパウロの言うことを受け入れたが、他の者は信じようとしなかった、のであります。このような反応はユダヤ人だけではありません。神の国が証しされるところ、福音が語られるところでは、いつも、この二つの反応があらわれます。教会の宣教の最前線ではいつも起こっていることであります。私たちの身の回りでも起こっていることでありますし、私たち自身も、この二つの反応の間で揺れ動いていると言えるのかもしれません。

・福音を聴いて、素直に受け入れて、イエス・キリストを信じて、神の国に入れられる者は幸いであります。私たち自身もまた、御言葉をすんなりと受け入れて、魂の安らぎを得ることが出来て、主に仕えて行こうとの思いに満たされるならば幸いであります。しかし、私たちの身の回りには、福音を聴いても、頑なに受け入れない人がいます。キリスト教の教えには共感を覚えつつも、イエス・キリストに自分の人生や自分の重荷を委ねようとはしない人がいます。否、私たち自身の中に、全てを主に委ねきれない自分があるのを覚えざるを得ません。神の国が始まっているのに、新しい命が備えられているのに、まだ罪の支配から逃れられないで、死の世界をさ迷っている自分があります。

パウロは、神の国の証しを受け入れないユダヤ人たちに対して、預言者イザヤの言葉を用いて26節以下で警告をいたしております。これはイザヤ書6章9、10節からの引用であります。

この民のところへ行って言え。あなたたちは聞くには聞くが、決して理解せず、見るには見るが、決して認めない。この民の心は鈍り、耳は遠くなり、目は閉じてしまった。こうして、彼らは目で見ることなく、耳で聞くことなく、心で理解せず、立ち帰らない。わたしは彼らをいやさない。

これは大変厳しい言葉であります。これはイザヤの時代のユダヤ人に語られた言葉でありますが、同時にパウロの目の前にいるユダヤ人たちに向けられた警告でもあります。彼らを呪っているとか、彼らを見限ったということではありません。パウロはあくまでもユダヤ人たちが皆、悔い改めて福音を受け入れることを願っています。だからこそ、このままでは、イザヤの言ったようなことになってしまう、と嘆いているのであります。せっかくパウロが神の国の福音を語っているのに、「聞くには聞くが、決して理解せず」、「心は鈍り、耳は遠くなり、目は閉じてしまった」。このままでは、主は「彼らをいやさない」と警告しているのであります。

私たちも、このイザヤの言葉を自分たちのことを指摘されているのだと、受け止めねばなりません。私たちも神の御言葉を「聞くには聞くが」、「心が鈍り」、心の目や耳が閉じられてしまっていないか、と問われているのであります。私たちは日々の生活の忙しさに取り紛れて、あるいは他の関心に心を奪われて、心の飢えや渇きを感じなくなっていないか、あるいは、心の重荷の重圧の中で、神様に向かって目を開き、耳を傾けることを忘れていないか、と問われているのであります。そうであれば、主の真の癒しからは遠のいてしまうのであります。

この厳しい言葉は、裏返せば、<神に聞きさえすれば、神に向かって目を開きさえすれば、そして神のもとに立ち帰りさえすれば、主の癒しがある>という、招きの言葉でもあります。

4.救いは異邦人に

・しかしパウロは、これまでの各地の伝道のときと同じように、頑ななユダヤ人たちの反応に出会って、ローマにおいても異邦人への伝道へと向かわざるを得ませんでした。28節でこう言います。「だから、このことを知っていただきたい。この神の救いは異邦人に向けられました。彼らこそ、これに聞き従うのです。」 パウロがもはやユダヤ人の救いを諦めたというわけではありません。しかし神がパウロに与えられた使命は、ローマでも異邦人の救いのために福音を語ることにあると判断したのであります。

・しかしこのことは、パウロ一個人の使命の問題ではありません。ユダヤ人たちが主イエス・キリストを十字架に架けたけれども、そのことが人間の罪を贖い、救いが成就し、主イエス・キリストの復活によって、神の国における新しい命への甦りが全ての人に約束されることになったのであります。これは罪の赦しの救いが全ての民に及ぼされる神の御計画でありました。

・エルサレムから始まったパウロの宣教活動は小アジアからヨーロッパへと広がり、今、ローマに達しました。それは神の約束された救いが、ユダヤ人から異邦人へと拡大する道筋でもありました。こうして、キリスト教は世界宗教への道を辿って、福音は地の果てまで届けられることになるのであります。

5.自由に何の妨げもなく

30節以下には、その後のパウロのローマでの働きが、短く記されています。「丸二年間」とは何を意味するのでしょうか。ローマの法律では、訴えた者が十八ヶ月間法廷に出頭しなければ、被告を釈放するという決まりがあったそうですが、ユダヤ人たちがローマの皇帝の法廷には出頭せず、その後の手続きに六ヶ月を要して、丸二年でパウロは釈放された、とも考えられます。

・あるいは逆に、2年の後に死刑が確定して、処刑されたのかもしれません。あるいは一旦釈放された後に、ローマ帝国がキリスト教を迫害するようになって、パウロは再度投獄されて殉教の死を遂げたのかもしれません。あるいはパウロがローマの信徒への手紙で言っていたようにイスパニア(スペイン)にまで、伝道したのかもしれません。しかし、使徒言行録はパウロの裁判の結末やその後の行動については何も語っていません。

使徒言行録がその後のパウロについて書いていることは、31節の言葉に尽きるのであります。全く自由に何の妨げもなく、神の国を宣べ伝え、主イエス・キリストについて教え続けた。

私たちはパウロの最後がどうなったのか、知りたい気がいたします。しかし、著者のルカが、使徒言行録を献呈したテオピロに報告したかったこと、そして私たちが聞かなければならないことは、パウロの最後がどうなったかではなくて、福音がどうなったかということであります。使徒言行録はパウロの伝記ではありません。パウロが宣べ伝えた福音にこそ著者の関心があります。ローマでパウロの身に何があったにせよ、神の国の福音は「全く自由に何の妨げもなく宣べ伝え」られ、「主イエス・キリストについて教え続け」られたのであります。

「自由に」と訳されている元の言葉は、これまでにも使徒言行録に何度も出て来ておりまして、これまでは、「大胆に」(413,29,31、9271826198)とか「勇敢に」(1346,143)とか「はっきりと」(229,2626)と訳されていました。ここでは「何の妨げもなく」という言葉も付け加えられているので、パウロは囚人の身でありながらも、妨げられずに比較的「自由に」宣べ伝えることが出来たということでありましょうが、これまでは、ユダヤ人たちの圧力や抵抗がある中で、「大胆に」、「勇敢に」神の国の福音が宣べ伝えられたことが記されて来たのであります。

そして、使徒言行録を閉じるにあたって、もう一度、神の国のこと・イエス・キリストの福音が、様々な困難があった中でも、自由に、大胆に、勇敢に宣べ伝えられて来たし、これからも宣べ伝え続けられることを確認しているのであります。いわば、福音の高らかな勝利宣言であります。

結.地の果てにおいて

・使徒言行録は、主イエスが昇天されるにあたって弟子たちに、神の国のことを語られ、やがて聖霊が降って、弟子たちが地の果てに至るまで、イエス・キリストの証人となるという約束が与えられたところから出発いたしました。

そして最後は、福音がローマまで宣べ伝えられたことで終わっているのであります。ローマは当時は地中海地方を治めるローマ帝国の中心でありますが、エルサレムからすれば、福音にとっての「地の果て」であります。福音の最前線であります。やがて、このローマがキリスト教の中心地になって、地球の果てに至るまで福音が宣べ伝えられることになるのであります。使徒言行録はここで終わりましたが、神様の宣教の歴史はまだ始まったばかりであります。以来、2000年の教会の歴史が続くわけであります。そして、その歴史の最前線・地の果てに、私たちの教会があり、私たちの宣教活動があるということであります。使徒言行録の続きは、世々の教会によって書き綴られ、私たちもまた、新しい続編の主人公とされているのであります。

福音の宣教に立ちはだかる困難は、昔も今も様々な形で存在いたしますが、その長い使徒言行録の本当の筆者は神様であります。ですから、多くの困難が待ち受けているとしても、神様はかつてと同じように今も、聖霊を送って下さり、神の国の福音を「全く自由に何の妨げもなく」語り続けさせて下さるのであります。
・祈りましょう。

祈  り
・教会を導き、人類を救い給う父なる神様!御名を賛美いたします。

・使徒言行録を通して、かつても今も、あなたが教会の働きを導き、神の国の建設を進めておられることを覚えて、感謝いたします。

・どうか、この小さな伝道所も、あなたの救いの御業の一環として、御心にかなって用いられますように。どうか、私たち一人一人の生活が、人生が、イエス・キリストの証しの場となり、あなたの救いの歴史の中に加えられることが出来ますように。

・どうか、多くの人々が、あなたの使徒言行録の登場人物とされ、イエス・キリストを証しし、御栄光を表わす人生を歩むことが許されますように。
・主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン。

米子伝道所主日礼拝説教 要 旨            2008年2月17日  山本 清牧師 

 聖  書:使徒言行録28:17-31
 説教題:「神の国を証しする」     
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