「行け。わたしがあなたを遠く異邦人のために遣わすのだ。」

                 (使徒言行録2221より)

 パウロは自分を殺そうとしているユダヤ人たちに向かって弁明をする。初めに彼は自分の生い立ちと回心以前にしてきたことを語る(15)。そこでは、かつての自分が、今パウロを迫害している人たちと同じ考えに立って、同じことをしていたことが語られる。そこには愛するユダヤ人たちが、何とか自分と同じようにキリストに出会ってほしいとの願いが込められている。 次いでパウロは、自分の回心を語る。そのポイントの第一は、「突然、天から強い光が周りを照らした」と語るように、パウロの回心は自分で考えて来たことの一つの結論がひらめいたとか、悩んで来た問題に解決の光が見えたということではなくて、思いがけず天から射し込んだ出来事なのである。ポイントの第二は、主イエスが「わたしは、あなたが迫害しているナザレのイエスである」と言われたように、パウロがこれまで神のために正しいと思ってしてきたことが、神を迫害していたことであると知らされ、パウロの誇りが木っ端微塵に砕かれたことである。
 だが、そこでパウロは座り込んでしまうことは許されない。アナニアはすぐ「立ち上がりなさい」と告げる。こうしてパウロの生き方は大きく変わるのだが、アナニアが告げるように、パウロを選んだのは「先祖の神」であり、新しい神に出会ったわけではない。パウロの新しい務めは「その方(キリスト)の証人となる」ことであった。
 エルサレムに帰ったパウロは、神殿で再び主イエスに出会った。その時主は、「すぐエルサレムから出て行け」と命じられる。それに対してパウロはユダヤ人に自分の回心を語ることが使命だと主張した。すると主は標記のように言われた。回心したパウロだが、またしても自分の考えを主張し始めていたが、主はパウロを異邦人に福音を伝える器として選んでおられたのだ。使命を決めるのは、あくまでも主である。パウロはこうして二度目の回心を経験させられたのである。

米子伝道所主日礼拝説教 要 旨            2007年10月7日  山本 清牧師  

 聖  書:使徒言行録22:1−21
 説教題:「行け、わたしが遣わす」           
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