そこで、イエスは言われた。「行きなさい。あなたの信仰があなたを救った。」盲人は、すぐ見えるようになり、なお道を進まれるイエスに従った。             (マルコによる福音書1052

 イエス・キリストがエルサレムへ向かう大勢の群衆と一緒にエリコの町を出て行こうとされたとき、道端に座っていたバルティマイという盲人の物乞いが、「ダビデの子イエスよ、わたしを憐れんでください」と叫び続けた。周囲の人々は黙らせようとしたが、主イエスはその盲人を呼びにやらせた。すると盲人は、イエス様に呼ばれただけでまだ目を開けてもらったわけでもないのに、躍り上がって喜んだ。
 主イエスは、このようなバルティマイの姿の中に信仰を見出され、あらためて「何をしてほしいのか」と問われると、盲人は思い出したかのように「先生、目が見えるようになりたいのです」と答えたので、主は標記のように言われた。「あなたの信仰があなたを救った」とは、バルティマイの信仰の強さで目が見えるようになった、という意味ではない。彼の目を癒したのは主イエスの力である。だが主は、盲人が希望を持てない状況から何とか主の力によって脱出したいと、人に遮られても叫び続けたことの中に、信仰を認められて、このお言葉によって、より確実な信仰へとお導きになったのである。信仰とはキリストの力を感じ取って、それを自分のものとすることである。盲人はこうして、心の目と共に肉体の目も開かれた。そして、立ち上がって、イエスに従うという新しい生き方が始まった。
 私たちは、この盲人のような憐れな存在ではなく、自分が抱えている困難や肉体の棘などは、高尚な信仰による癒しの対象から外れていると思い込んで、キリストに委ねきっていない。しかし、主イエスの目から見るなら、私たちもこの憐れな盲人と少しも変わらない。私たちも大胆に声を上げるべきである。キリストは私たちの声を聞き漏らされることはない。礼拝はそのキリストとの出会いの場である。そこで私たちにも「あなたの信仰があなたを救った」と言って下さるに違いない。すると、私たちの心も体も癒され、新しい人生が始まる。

米子伝道所伝道礼拝説教 要 旨              2007年9月30日 山本 清牧師 

 聖  書:マルコによる福音書10:46−52
 説教題:「信仰があなたを救う」                
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