序.エルサレムへ

・今日与えられております使徒言行録21章の1節から16節までの箇所は、パウロの第三次伝道旅行の最後の行程が記されています。

・先週は、ミレトスという港町で、エフェソから呼び寄せた教会の指導者たちに対して別れの説教をした箇所を学びましたが、その中でパウロ自身も述べておりますように、これから行くエルサレムでは、投獄と苦難が待ち受けていることが確実なのであります。

・今日の箇所でも、先ほどの朗読でお分かりのように、船が立寄った先々で、そこの弟子たちは、パウロのことを思って、エルサレムへは行かないようにと引き止めたのであります。ついには、パウロの同行者たちまでが、エルサレムに行かないように、パウロに頼むほどでありました(12節)。

・けれどもパウロは、13節に書かれていますように、「泣いたり、わたしの心をくじいたり、いったいこれはどういうことですか。主イエスの名のためならば、エルサレムで縛られることばかりか死ぬことさえも、わたしは覚悟しているのです。」と言って、皆の勧めを聞き入れないで、エルサレムへ向かおうとするのであります。

・一体、なぜパウロは、皆の引止めを振り切ってまで、エルサレム に向かおうとするのか、パウロをそれほどまでに突き動かしているものは何なのかを知りたいと思います。

・また、投獄や苦難が予想されるなかで、パウロとて不安や恐れがないわけではなかったと思われますが、その中で、そのような不安や恐れと、どう向き合って、使命に応えようとしているのか、ということも知りたいところであります。

・私たちもまた、それぞれの人生の中で、また教会の歩みのなかで、様々な困難に遭遇いたします。それらの困難とどう向き合えばよいのかを、今日はこの箇所を通して、教えられたいと思います。

1.霊の示しと人間の思い

さて、一行は、ミレトスでエフェソの教会の人々に別れを告げて船出し、沿岸部を島づたいに、コス島、ロドス島を経て、バタラまで行きます。行程はいつものように聖書の後ろの地図でご確認下さい。

バタラからは船を乗り換えたようであります。それは、エルサレムに五旬祭(ペンテコステ)までに着いていたかったので、沿岸部の港を立寄りながら行くのではなくて、出来るだけエルサレムに近い港まで地中海を横断して直行したかったからであります。

ちょうどフェニキア方面への直行便を見つけたので、それに乗ってバタラを出発します。やがてキプロス島が見えてきましたが、それを左にして通り過ぎ、シリア州に向かって船旅を続けてティルスの港に着きます。ここで船は、荷物の陸揚げするために、七日間、碇泊することになっていたようであります。七日間も碇泊するのであれば、陸上をカイサリアまで行った方が速いように思われますが、多分、ここまで直行便で来れたので、時間的な余裕ができて、この町の信者たちに逢いたいと思ったのでしょう。

そこで、この町の弟子たち(信者たち)を探し出して、泊まりました。その弟子たちというのは、以前にステファノの殉教事件をきっかけに起こった迫害のために、地方からエルサレムに来ていたヘレニストと呼ばれる信者たちが離散しましたが、その人たちによって建てられた教会が、このティルスにもあったようであります。この教会の人たちと一行とは、互いに初めての出会いであったと思われますが、七日間の滞在中に深い交わりが出来たようであります。そうしているうちに、ティルスの弟子たちは、4節後半にあるように、“霊”に動かされ、エルサレムへ行かないようにと、パウロに繰り返して言った、のであります。聖霊がティルスの信者たちに何かを告げたのであります。

しかし一行は、滞在期間が過ぎたとき、そこを去って旅を続けることにした、のであります。これは、聖霊が告げたことを無視したということでしょうか。――そうではないようです。2022節を見ていただきますと、「そして今、わたしは、“霊”に促されてエルサレムに行きます」と言っており、23節では、「投獄と苦難とがわたしを待ち受けているということだけは、聖霊がどこの町でもはっきり告げてくださっています」とも言っております。つまりパウロは、苦難が待ち受けていることを聖霊に告げられた一方で、そのエルサレムに行くことも聖霊に促されたのであります。そうすると、聖霊がパウロに言ったことと、ティルスの弟子たちに告げたことに矛盾があるように見えますが、多分、ティルスの人々が聖霊によって知らされたことは、エルサレムで苦難が待ち受けていることだけで、あとは、パウロのことを心配する人間的な思いのあまり、エルサレムへ行かないようにと、繰り返し言ったのではないかと考えられます。

しかし、一行は旅を続けることにしましたので、ティルスの人々は皆、妻や子供を連れて、町外れまで見送りに来てくれました。短期間の交わりでしたが、家族を挙げて一行を歓待したことが伺えますし、一行も家族全体に対して大きな感化を与えたのでありましょう。彼らは共に浜辺にひざまずいて祈りました。そこには、人間的な名残惜しさや心配を越えて、すべてを神様に委ねる信仰において一つとされている姿を見ることが出来るのではないでしょうか。

・ティルスから航海を再開した一行は、途中、プトレマイスに着いて、ここでも兄弟たちに挨拶して、一日を過ごした後、翌日そこをたってカイサリアに到着しました。ここでは、例の七人の一人である福音宣教者フィリポの家に行き、そこに泊まった、とあります。

・「例の七人」というのは、初代教会において、日々の分配のこと で不都合が生じた時に、七人の奉仕者を選んだことを指しているのですが、フィリポはその後、サマリアの町で宣教に携わり、ガザへ下る道でエチオピアの宦官に伝道した後、福音を宣べ伝えながら、カイサリアまで行ったことが、8章に記されてありました。

・ここに幾日か滞在していたとき、ユダヤからアガポという預言をする者が下って来ました。そして一行のところへ来て、パウロの帯を取って、それで自分の手足を縛って、「聖霊がこうお告げになっている。『エルサレムでユダヤ人は、この帯の持ち主をこのように縛って異邦人の手に引き渡す。』」と言ったのであります。

またもや、聖霊のお告げであります。今度は、これを聞いた「わたしたち」すなわち筆者のルカを含めた一行までが、カイサリアの人たちと一緒になって、エルサレムへは上らないようにと、パウロに頼んだのであります。これにはさすがのパウロも心を動かされたようでありまして、13節を見ると、「泣いたり、わたしの心をくじいたり、いったいこれはどういうことですか」と言っております。パウロも心がくじけそうになったのであります。パウロにしても、自由に宣教活動を続けたいのであります。エルサレムに行かなければ、身を縛られて活動を制限されることは避けられたかもしれません。心は動揺しました。

しかしパウロは続けて言います。「主イエスの名のためならば、エルサレムで縛られることばかりか死ぬことさえも、わたしは覚悟しているのです。」 アガポが預言者的な象徴行為をしながら言ったことは、「聖霊のお告げ」と言いましても、<エルサレムには行くな>ということではなくて、エルサレムでは身柄の拘束が待ち受けているということであります。パウロはもともと、聖霊に促されてエルサレムへ行こうとしているのであります。皆がパウロのことを心配する思いには、強く心を動かされましたが、パウロは与えられた使命を放棄するわけには行かなかったのであります。パウロは死ぬことさえも覚悟してエルサレムに向かおうとするのであります。

2.エルサレム行きの使命

それにしましても、パウロがそれほどまでの覚悟を持ってエルサレムに行かなければならない使命とは何だったのでしょうか。

この点については、筆者であるルカは殆んど何も語っておりません。しかし、パウロ自身が書いた手紙を読みますと、そのことがある程度分かって参ります。

コリントの信徒への手紙一の16章をお開き下さい(323)。この手紙は前にもお話ししましたように、パウロがエフェソで記したものであります。この手紙には、多くの問題を抱えているコリントの教会に対するアドバイスが書かれておりますが、その最後の部分に当たる16章で、エルサレム教会の信徒のための募金につて指示を与えています。1節から4節を読みます。

聖なる者たちのための募金については、わたしがガラテヤの諸教会に指示したように、あなたがたも実行しなさい。 わたしがそちらに着いてから初めて募金が行われることのないように、週の初めの日にはいつも、各自収入に応じて、幾らかずつでも手もとに取って置きなさい。そちらに着いたら、あなたがたから承認された人たちに手紙を持たせて、その贈り物を届けにエルサレムに行かせましょう。わたしも行く方がよければ、その人たちはわたしと一緒に行くことになるでしょう

一読してお分かりのように、パウロはガラテヤの教会に対しても、コリントの教会に対しても、エルサレム教会の聖なる者たち(=信者たち)のための募金を勧めていて、今度パウロが訪問するまでに少しずつ蓄えておきなさい、という指示であります。

・コリント教会は内部に大きな問題がありましたが、それが解決してから、他の教会のことを考えるというのではなくて、内部の問題に取り組むのと同時に、全体教会のためにも仕えるということが大切なのであります。特に、エルサレムの教会はユダヤ人社会の真只中にある教会で、ユダヤ人たちからの迫害が強くて、信徒たちは経済的な面でも圧迫を受けて、苦しんでいたと思われます。

・このような援助は、単に<全体教会の中で困っている者たちがいたら助け合わねばならない>というだけのことではありません。もっと積極的な理由があります。そのことが、ローマの信徒への手紙の15章に触れられています(296)15章の25節から27節を読みます。
 しかし今は、聖なる者たちに仕えるためにエルサレムへ行きます。 マケドニア州とアカイア州の人々が、エルサレムの聖なる者たち の中の貧しい人々を援助することに喜んで同意したからです。彼 らは喜んで同意しましたが、実はそうする義務もあるのです。異 邦人はその人たちの霊的なものにあずかったのですから、肉のも ので彼らを助ける義務があります。

 エルサレムの教会は主イエスの直接の弟子を中心にして出来た最初の教会で、ユダヤ人で改宗した人たちが中心でありました。そしてエルサレムで起こったユダヤ人による迫害のために散らされた人たちによって福音が周辺地域に広がり、さらにパウロたちの働きによって、アジア州やマケドニア州やアカイア州にまで伝えられて、異邦人の地にも教会が次々と建てられたのであります。ですから、福音はエルサレムのユダヤ人中心の教会から、各地の異邦人中心の教会へと広がったのであります。そのことをパウロは<異邦人はエルサレムの教会の人たちの霊的なもの(=救いの恵み)にあずかったのですから、肉のもので(=金銭的なもので)彼らを助ける義務があります>と言っているのであります。

これは、<良いものを受けたのだから、そのお返しをするのは当然だ>というような、単なるこの世の礼儀の話ではありません。ユダヤ人から異邦人へ福音が広がったということは、単なる歴史の偶然ではなくて、神様の救いの御計画によることであります。その神様の御計画の中で、イスラエルの民が神の民として選ばれ、救い主イエス・キリストの出現の準備をして来たのであります。そうした救いの歴史の中で、ユダヤ人が果たした役割を抜きにして、異邦人の救いはなかったのであります。ですから、ユダヤ人の果たした役割を決して軽んじてはならないのであります。

しかるに、異邦人の教会とエルサレムのユダヤ人の教会との関係は、必ずしもうまくいっておりませんでした。ユダヤ人の信者もイエス・キリストを信じることによって救われたのですけれども、旧来の、割礼を受けて律法を重んじる生活をすることが救いにつながるのだという思いから、なかなか抜け出すことが出来ずに、異邦人にも割礼を要求するようなことをして、困らせるようなことがありました。そうした問題に決着をつけるために、先に使徒会議と呼ばれる教会会議が行われて、異邦人にはそのような重荷を負わせないという結論に達したことが15章には報告されていました。しかし、その後も異邦人教会とエルサレムのユダヤ人教会は、それぞれ独自の道を歩んでいて、積極的な交流はなかったようであります。そうした中で、経済的に苦しんでいるユダヤ人の信徒を異邦人の教会が助けるということは、教会全体が内実において一致するために、とても重要な働きである、とパウロは考えていたのであります。

救いというのは、突然降って湧いたように、一人一人に与えられるものではありません。必ず教会へ導いてくれた人がいますし、御言葉を伝えてくれた人がいるのであります。そうした導き手の陰には、その人を支えた教会の歴史と伝統があります。

各個教会も、単独で成り立っているわけではありません。多くの先輩の働きがあり、多くの諸教会の祈りと具体的な支えによって成り立っているのであります。8月の第一主日には、世界の教会を覚える日として、今年は特に、明治時代に日本キリスト教会のルーツとなる最初の教会を立てるのに尽くしてくれたアメリカの長老教会や改革教会のことを学びましたが、この伝道所も、遡れば、外国の教会やそこから遣わされた宣教師たちの働きがありましたし、今も、全国の教会の祈りと経済的な支えがありますし、逆に、私たちもまた、諸教会のために祈り、支えているのであります。そうした祈り合いと支え合いで教会は成り立っているのでありますし、私たちの救いは守られているのであります。

・パウロのエルサレム行きは、そうした教会の相互間の祈り合い支え合いの先駆けになる働きであって、キリストの体なる教会が、実質的に一つの教会として形成されて行くためには、どうしても必要なステップであったのであります。

3.聖霊と苦難

・そのように非常に意義深いパウロのエルサレム行きでありますが、それなのになぜ、エルサレムでは投獄や苦難がパウロを待ち受けているのでありましょうか。しかも、そのことを、他でもない聖霊がパウロ自身や他の人々に告げたのであります。聖霊は信仰者を助けて下さる存在の筈なのに、反って苦しみを告げて、不安を誘っているかのようであります。納得しづらい点であります。

しかしながら、考えてみますと、福音宣教の最前線には必ず苦難があります。必ず、必死で抵抗するサタンとの戦いがあります。ある説教者は、「聖霊とはそもそも、わたしたち人間の苦難と密接に関係があるのではないか」と言って、使徒言行録において聖霊が登場するのが、いつも苦難の時であったことを指摘しています。確かに、最初、主イエスの弟子たちが、主イエスを天に送って、どうしてよいか分からずに、ただ心を合わせて祈るよりほかなかった時に、ペンテコステに聖霊が降りました。ペトロとヨハネが捕えられて議会で取調べを受けたとき、ペトロは聖霊に満たされて語り、心配して待っていた信者たちも聖霊に満たされました。そもそも、主イエスが悪魔の誘惑をお受けになった時、主イエスを荒れ野に導いたのは聖霊でありました。

このように、聖霊が苦難を告げ、聖霊が苦難へと導く時があるのであります。それは、その苦難には神様の御旨があるということであります。しかし、私たち人間には、苦難の意味がいつも明らかであるわけではありません。なぜ苦難に遭わなければならないのか、という疑問が湧いて来ますし、不安に陥らざるを得ません。

しかし、そのような時こそ、神様と出会う時であります。そのような時こそ、信仰が芽生えさせられる時であります。疑問と不安の中で、神を信頼して、身を委ねる時に、苦難が思わぬ方向に展開して、喜びが現れて来るのであります。

実際この場合も、パウロはエルサレムで死ぬことはありませんでした。むしろ、思いもかけない形で、念願のローマ行きが実現することになるのであります。

結.御心が行われますように

・さて、使徒言行録に戻って、14節を見ますと、パウロの同行者たちが、エルサレムへは上らないようにとしきりに頼んだにもかかわらず、パウロは「主イエスの名のためならば、エルサレムで縛られることばかりか死ぬことさえも、わたしは覚悟しているのです」と言って、同行者たちの勧めを聞き入れようとしないので、遂に彼らも、「主の御心が行なわれますように」と言って、口をつぐみました。

・これは、<余りにもパウロの意志が固いので、説得を諦めた>、ということではないでありましょう。パウロの決心の中に、聖霊の導きと、主の御心があることを信じたということであります。

 依然として、エルサレム行きの不安が解消したわけではありませんが、主の御心に委ねて祈ったのであります。ティルスで見送りに来てくれた人々も、浜辺にひざまずいて祈りました。今また、パウロの同行者たちも「主の御心が行なわれますように」と祈りました。真実の祈りはいつも、自分の思いや願いを申し述べるだけではなくて、主の御心に委ねる祈りであります。

この祈りは、主イエスが十字架に向かわれる前に祈られたゲッセマネの祈りを思い起こさせます。主イエスも「わたしが願うことではなく、御心に適うことが行われますように」と祈られました。もちろん主イエスが受けられる十字架の贖罪の苦難と、パウロや私たちが受ける苦難とは、本質的な違いがあります。しかし、主イエスが先頭に立って、真実の祈りの模範を示して下さいました。そして、私たちにも「主の祈り」の中で、「御心が行われますように」と祈るように教えて下さいました。私たち人間には、主の御心は分からないことが多いのです。しかし、主イエスが「御心が行なわれますように」と祈るように教えて下さったことは、このように祈れば、必ず御心が行われるという保証であります。たとえ私たちの思いとは違っていても、たとえ苦難が待ち受けているとしても、天の御心が必ず行われるとの約束であります。この約束を信じて、私たちもまた、「御心が行われますように」と祈る者とされたいと思います。
・祈りましょう。

祈  り

すべてを御心のままに治め給う父なる神様!御名を讃美いたします。

私たちはあなたの御心を理解せず、自分勝手な願いや思いを申し上げることの多いものであります。

しかし、「御心が行われますように」との祈りを教えて下さってありがとうございます。

どうか、苦しみの中にあっても、いよいよ、あなたの御心の行われることを祈る者とならせて下さい。

・どうかまた、苦しみを負っている人のためにも、あなたの憐れみ  の御心が行われることを祈る者とならせて下さい。
主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン。

米子伝道所主日礼拝説教 要 旨              2007年9月9日  山本 清牧師 

 聖  書:使徒言行録21:1−16
 説教題:「御心が行われますように」