パウロは弟子たちを呼び集めて励まし、別れを告げてからマケドニア州へと出発した。そして、この地方を巡り歩き、言葉を尽くして人々を励ましながら、ギリシャに来て、そこで三ヶ月を過ごした。                       (使徒言行録20:1−3より)

 使徒言行録20:1−6には、パウロの第3次伝道旅行の行程の一部と、ユダヤ人の陰謀のあったことと、エルサレムへ向かう同行者たちのリストが記されているだけで、伝道の詳しい様子や、福音に対するパウロの思いは、これからだけでは十分に知ることが出来ない。けれども、パウロはエフェソ滞在中からギリシャのコリントで過ごした時までの間に、ガラテヤ、コリント、ローマの信徒への手紙を記しており、それらを見ると、この時期のパウロの熱い思いや苦悩を知ることが出来る。
 その一端は、標記の聖句に二回登場する「励まし」という言葉にも見られ、この語の原語は「傍らにいる」という語と「呼ぶ」という語から成っており、<寄り添うようにして励ます>という意味を持っていて、信徒たちへのパウロの熱い思いを暗示している。
 しかし、この時期にパウロの心を最も悩ませたのは、コリント教会の中の分裂問題と性倫理問題であり、愛弟子テモテを遣わしたし、自らも一度訪問したようであるが、事態は一向に好転しなかったようで、「悩みと愁いに満ちた心で、涙ながらに手紙(注・この手紙は残っていない)を書いた」(Uコリント2:4)と記している。
 そこで、パウロは、エルサレムの貧しい信徒に献金を届けるという務めを果たす前に、もう一度コリントを訪問しようと、その前にテトスを遣わしたが、なかなか戻って来ず、ついに痺れを切らしてエフェソを出発し、途中、マケドニア(おそらくフィリピ)でテトスに出会い、コリントの信徒たちが悔い改めたことを知って、大いに喜んだのである(Uコリント7:59参照)。それは福音の勝利の喜びであり、パウロの熱い思いの背後に、神の熱い思いがあったことを知るのである。

米子伝道所主日礼拝説教 要 旨              2007年8月5日 山本 清牧師 

 聖  書:使徒言行録20:1−6
 説教題:「世界の教会を覚えて」                   
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