人々はもうしばらく滞在するように願ったが、パウロはそれを断り、「神の御心ならば、また戻って来ます」と言って別れを告げ、エフェソから船出した。           (使徒言行録182021

 コリントにおいて、主は幻の中でパウロに「恐れるな。・・・あなたを襲って危害を加える者はない」とおっしゃった。ところが、ユダヤ人たちが一団となってパウロを襲うという事件が起こった。彼らは、パウロたちの語ることが法に違反するとして訴えたが、ローマの地方総督ガリオンは、ユダヤ人内部の問題で、ローマの法律に関わる問題ではないと判断して、取り合わなかった。こうしてパウロたちは危害を加えられないばかりでなく、福音の宣教がローマ帝国領内で公的に妨げられることがなくなった。主は、ガリオンのような賢明な異邦人の判断を用いて、教会の歴史を導かれた。幻の中で語られた主の言葉の背後には、このような神の御心があったのである。
 パウロがコリントを去って、以前に行けなかったエフェソに立寄った。町の人々は、標記のように、しばらく滞在するように願ったが、パウロはそれを断ってエルサレムに上った。それはなぜか。この箇所には記されていないが、他の箇所を参照すると、パウロは伝道先の異邦人教会から託された献金をエルサレム教会の貧しい人々に急いで届けることが神の御心であると考えていたと推測できる。その上で、更に神の御心ならば、またエフェソに戻って来る、と言うのである。パウロの伝道活動も奉仕の業も、決して義務感や個人的な熱心から行なっているのではなく、すべて神の御心に従って行なっているのである。
 伝道の主役は神である。神はコリントに賢明な総督ガリオンを備えて、福音宣教の妨げを取り除かれたし、パウロに異邦人教会からの献金をエルサレムに届けさせることによって当時の教会全体を御心に仕える一つの愛の共同体へと成長させられた。私たちは召されて、ただ御心のままに仕えるだけである。

米子伝道所主日礼拝説教 要 旨               2007年7月1日 山本 清牧師 

 聖  書:使徒言行録18:12−23
 説教題:「御心ならば」                   
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