「恐れるな。語り続けよ。黙っているな。わたしがあなたと共にいる。だから、あなたを襲って危害を加える者はない。この町には、わたしの民が大勢いるからだ。」     (使徒言行録18:9b−10

 パウロがコリントの町を訪れたころ、この町は商業の町として繁栄の絶頂期に向かっていたが、倫理的な面では乱れていた。パウロは、この活力はあるが病んでいる町にこそ、福音を伝えなければならないと考えたにちがいない。だが、さすがのパウロも巨大な悪の力の前に、「恐れ」を覚えざるを得なかったようである。
 神は、そのようなパウロに対して、まず、プリスキラとアクラという同業(テント造り)の夫妻を備えられた。パウロは二人の家に住み込んで、生計を立てつつ、腰を落ち着けて伝道を進めることができた。やがて、シラスとテモテがパウロを追っかけてやって来たが、彼らは、テサロニケの信徒たちが困難な中でも信仰に堅く立ち続けているとのよい知らせと、フィリピの教会からの献金を届けてくれた。これによって、パウロは自分一人で戦っているのではなく、教会全体の祈りと支えがあることを実感することができた。こうしてパウロは御言葉を語ることに専念(5節)できるようになったが、ユダヤ人の激しい抵抗に直面し、会堂を去って、異邦人伝道に向かうことを決断せざるをえなかった。だが、たまたま会堂の隣の家で集会を行うことが出来、会堂長の一家が主を信じるようになるという奇跡的なことが起こった。このようにして神は、教会を支える核となる人たちを次々と備えられたのである。
 それでもパウロの内心には「恐れ」があった。そこで主が幻の中で、パウロに与えられたのが標記の言葉である。これは単なる励ましや鼓舞するだけの言葉ではない。「恐れる必要がない」という主の保証の言葉であり、主御自身が共にいて働いて下さるとの力強い言葉であり、主が御自身の計画をもって、救われる者を用意しておられるとの、希望を与えられる言葉である。伝道の主役はパウロでもなく、私たちでもなく、主御自身なのである。 

米子伝道所主日礼拝説教 要 旨              2007年6月17日 山本 清牧師 

 聖  書:使徒言行録18:1−11
 説教題:「恐れるな、語り続けよ」              
説教リストに戻る