神は、わたしたちのために、更にまさったものを計画してくださったので、わたしたちを除いては、彼らは完全な状態に達しなかったのです。                 (ヘブライ人への手紙1140

 1123節以下には、モーセ以来の旧約の人々の、信仰による決断と、その報いや受けた苦難が記されている。いずれも、恐れとの戦いの中での決断であった。この世には神の御支配に抵抗する勢力がある。彼らはこの世において力を持っていて、彼らに従っている方が、安全で安穏な生活ができるように思える。しかし、本当の安全・安心は神の言葉に聴き従うところにある。だが、この世の力に逆らうことは恐ろしいことであり、勇気が要る。だから私たちは、つい中途半端な道を歩んでしまい勝ちである。
 ところで、信仰の先達たちは、「その信仰のゆえに、神に認められながらも、約束されたものを手に入れませんでした」(39節)とあり、「彼らは完全な状態に達しなかったのです」(40節)と言われている。彼らの信仰と苦難は、イエス・キリストの信仰や苦難を指し示してはいたが、約束された救い主に出会うことはなかったのである。
 それに比べて、私たちは、神の「更にまさった計画」が実現し、イエス・キリストの十字架と復活の御業によって、約束された救いを手に入れることが出来、「完全な状態に達する」ことが出来るのである。今の私たちにとっては、「信仰によって」と言っても、旧約の時代とは違って、イエス・キリストの信仰という保証があり、主イエスが十字架の苦難を受けてくださり、復活して罪と悪に勝ってくださったという保証がある。更に主は、助け主=聖霊を送ってくださって、人生の岐路において、また、日々の歩みの中で、信仰によって判断し、決断することができるように応援してくださっているのである。

米子伝道所主日礼拝説教 要 旨              2007年5月27日 山本 清牧師 

 聖  書:ヘブライ人への手紙11:23−40
 説教題:「約束されたもの」                        
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