「神は約束に従って、このダビデの子孫からイスラエルに救い主を送ってくださったのです。」        使徒言行録1323   

 ピシディア州のアンティオキアに到着したパウロとバルナバは、安息日にユダヤ教の会堂に入った。律法と預言者の書(旧約聖書)が朗読された後、会堂長たちから「励ましのお言葉があれば、話してください」との要請があった。会堂長たちが期待したのは、人間的な励ましや律法に基づく勧めであったかもしれないが、パウロが語ったのは「救いの言葉」(26節)即ち、福音の説教であった。
 パウロの説教のうち、1625節は、出エジプトからイエス・キリストに至るまでのイスラエルの歴史である。だが、その歴史を語る言葉の主語はすべて「神」であって、イスラエルの民ではない。神が、イスラエルの民を選び出し、エジプトから導き出し、荒れ野で彼らの行いを耐え忍び、カナンの地の七つの民族を滅ぼし、その土地を彼らに相続させ、裁き人(士師)を任命し、王をお与えになったのである。それは、背き続けるイスラエルの民を神が耐え忍んで愛し続けられた歴史であり、その最後に、標記のように、救い主イエス・キリストを送って下さった。イスラエルの民の歴史は、この焦点に向かう歴史なのである。そして、イエス・キリストから始まる二千年の教会(新しいイスラエル)の歴史は、救いが全世界に広がって行く歴史である。このような、古いイスラエルから新しいイスラエルにつながる歴史は、神の救いの歴史であって、人間を罪から救おうとされる神の御心が具体化された歴史であって、その歴史の最先端に私たちは生きているのである。
 アンティオキアの会堂で語られた説教が、神の救いの御心に連なる一つの出来事であったように、今日の礼拝における説教も、そのような神の御心の中にある一つの出来事であり、神の救いの歴史の新しい1ページなのである。

米子伝道所主日礼拝説教 要 旨              2007年1月21日 山本 清牧師 

 聖  書:使徒言行録13:13−25
 説教題:「救いの言葉」                  
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