「行け。あの者は、異邦人や王たち、またイスラエルの子らにわたしの名を伝えるために、わたしが選んだ器である。」(使徒言行録9:15

 ダマスコ途上で光を受け、主の呼びかけを聞いたサウロの回心が完成するために、サウロと、ダマスコ在住のアナニアの双方に幻が与えられた(9:10-12)。
 アナニアは幻の中で主から、サウロを訪ねて手を置く(按手)ように命じられたが、サウロがキリスト者たちにどれほど悪事を働いてきた者であるかを知っていて、なぜそのような人間を甘やかして、手を置いたり、目が見えるようにしなければならないのか、疑問を呈した(13-14節)。これは常識的な判断である。
 ところが、主は標記のように言われた。ここにはサウロの使命が告げられている。これまでサウロがやって来た間違った行為にストップをかけられるだけでなく、積極的に主イエスの名を伝える器として、主が選ばれたというのである。その使命はサウロが考え出したことでもなく、周囲の者がサウロの生い立ちや能力を考慮して考えたことでもなく、主が計画を実現するために、サウロを選んで与えられたものである。ここにサウロの回心が完成する道がある。
 アナニアはサウロの所へ行くことに戸惑いがあったが、主の「行け」との再度の御命令に応えて、出かけて行った。半信半疑であったかもしれないが、ともかく、主の言葉に従った。ここにアナニアの回心がある。そして、アナニアが主の言葉に従ったことによって、サウロの回心が完成する。サウロの回心の影には、それと重なるようにしてアナニアの回心が必要であったのだ。主イエスは、ある人の回心を用いて、他の人の回心を成就へと導かれる。私たちの勝手な判断や諦めを棄てて、主イエスの御命令に従うとき、私たちの思いを越えた大きな回心を起こしてくださるのである。

米子伝道所主日礼拝説教 要 旨              2006年9月17日 山本 清牧師 

 聖  書:使徒言行録9:10−19a
 説教題:「選んだ器」                        
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