主が、あなたに負わせられた苦痛と悩みと厳しい労役から、あなたを解き放たれる日が来る。       (イザヤ書14:3)

 イザヤ書13章〜14章は、バビロンが滅び、イスラエルが捕囚から解放されるとの設定で語られているが、この中の「嘲りの歌」(14:4-23)に歌われているバビロンの姿は、特定の時代の政治勢力の姿を表わしているというよりも、経済的、軍事的、文化的な力を誇るこの世の勢力(世俗主義の代表)を象徴的に表わしていると受け取ることが出来る。
 この世の支配の原理は、「激怒して諸民族を撃ち…怒って諸国民を支配し」(6節)とあるように、「怒り」であり、その特色は「虐げ」と「抑圧」(5)である。この世の繁栄はすぐれた芸術や学問を産み出すかもしれないが、「お前の高ぶりは、琴の響きと共に陰府に落ちた」(11)とあるように、高ぶりが生んだものは真の救いとはならない。人間の思い上がりの果ては、「雲の頂に登っていと高き者のようになろう」(14)とあるように、神のようになろうとする。その結果は、「地を騒がせ、国々を揺るがせ、世界を荒れ野とし、その町々を破壊し」(16-17)とあるように、戦争によって国土は荒廃し、「捕われた人を解き放たず、故郷に帰らせなかった」(17)という悲劇に至る。
 このような世俗の原理に対して、神の救いの原理は「主はヤコブを憐れみ、…イスラエルを選び」(1)とあるように、「憐れみ」と「選び」の原理であり、「わたしは、彼らに立ち向かう」(22)とあるように、神ご自身が、この世の悪に立ち向かわれるのである。神は主イエスを世に遣わされることによって、世俗の原理を裁かれた。それは、力の原理によって滅ぼすのではなく、人の罪のためにご自分を投げ出すという、十字架の赦しの原理によって、救いと解放を実現されたのである。

米子伝道所主日礼拝説教 要 旨              2006年8月27日 山本 清牧師 

 聖  書:イザヤ書14:1−23
 説教題:「解き放たれる日」                   
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