「天が開いて、人の子が神の右に立っておられるのが見える」
「主イエスよ、わたしの霊をお受けください」
「主よ、この罪を彼らに負わせないでください」                            (使徒言行録7:56,59,60

 標記はステファノが殉教の死の直前に言った三つの言葉である。
 第一の、「人の子が神の右に立っておられる」とは、主イエス御自身も最高法院で述べたことであり、主の昇天の記事にも記されている(ただし、「神の右に座る」と言われた)ことで、主イエスが父なる神と共に世界を治めておられるお方であることを表わしている。私たちは地上の現実に目を奪われるが、ステファノは聖霊に満たされて、霊的現実を見ることが許されたのである。私たちもこの現実を受け入れて、それにふさわしい生き方をしなければ、本当の命を生きていることにならない。
 第二の、「わたしの霊をお受けください」は、主イエスが十字架上で息を引き取られる直前に言われた言葉に似ている。ここで「霊」とは、聖霊のことではなく、<人間の命><人間の存在そのもの>である。主を信じる者は、たとえ地上の命が苦難に満ちたものであっても、功績らしいものを何も残せなかったとしても、また罪にまみれた人生であっても、その全てを主に委ねることができるのである。主は言われた。「自分の命を救いたいと思う者は、それを失うが、わたしのために命を失う者は、それを救うのである」(ルカ9:24)。
 第三の、「この罪を彼らに負わせないでください」も、主イエスが十字架上で言われたことである。私たちは相手の非が明かだと思う場合、相手が裁かれるべきであると考える。しかし、主イエスは十字架に架けた人たちの明かな罪のために、このように執り成しの祈りをされた。私たちは人を赦すことがなかなか出来ないが、ステファノに習って相手の罪の赦しを願うことで、主イエスを証しすることができ、愛の勝利にあずかることができるのである。
 

米子伝道所主日礼拝説教 要 旨               2006年8月6日 山本 清牧師 

 聖  書:使徒言行録7:54−8:3
 説教題:「大迫害」               
説教リストに戻る