泣き叫べ、主の日が近づく。全能者が破壊する者を送られる。……今や、都に終わりの時が迫る。その日が遅れることは決してない。                   (イザヤ書13:6、22)

 預言者イザヤは戦いの準備が進められている物音を感じながら、それは万軍の主が軍勢を召集されているのだと受け止めている。戦争は昔も今も、国や民族の思惑や利害がからんでいたり、指導者の威信がかかっていたりする。しかし預言者は、そこに神の怒りを聴いている。戦争は人間の罪が起こさせるものであって、決して肯定すべきことではないが、神自らの「怒りの道具」(13:5)として、人間が引起す愚かな戦争を用いて国を滅ぼされることがある、という預言者の声に耳を傾けなければならない。
 バビロンは、繁栄のゆえに傲慢となり、驕り高ぶり、横暴に振る舞う者たちの代表である。主なる神はそこに悪と罪を見て憤り、これを罰し、絶つために、別の「破壊する者」を立てて、審きをなさるのである。
 繁栄を誇ったバビロンの都も、あのソドムとゴモラのように破壊され、住む人もいなくなる、終わりの時が迫っていると預言者は警告する。
 「主の日」はこのように、驕り高ぶる者への審きの時であるが、同時に、そのような者の下で苦しんでいる者たちが解放される日でもある。「主の日」は神が怒りと憤りをイエス・キリストに向けられた救いの日でもある。その日、私たちの罪は赦された。だから、主イエスが再臨され、私たちが罪から完全に解放される日が近づいている。神の救いの計画に狂いはない。「その日が遅れることは決してない」(13:22)と断言されている。

米子伝道所主日礼拝説教 要 旨              2006年6月25日 山本 清牧師 

 聖  書:イザヤ書13:1−22
 説教題:「主の日が近づく」                   
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