「わたしたちの父アブラハムがメソポタミアにいて、まだハランに住んでいなかったとき、栄光の神が現れ、『あなたの土地と親族を離れ、わたしが示す土地に行け』と言われました。……『彼らはその国を脱出し、この場所でわたしを礼拝する。』」(使徒言行録7:2−3)

 ステファノが「聖なる場所(神殿)と律法をけなした」(6:13)として訴えられて、長い弁明(説教)を行なったが、その冒頭で語ったのが、標記で始まる、アブラハムに対する神の約束と命令であった。
 神の救いの歴史は、神がまずアブラハムに御自身を現されるところから始まった。それはイスラエルの民が約束の地カナンに住むずっと以前に異教の地メソポタミアにいた時で、ソロモンによって神殿が建てられた時より、千年以上も前のことである。その時の神の命令には、なぜ今いる土地と親族を離れなければならないのかという理由や根拠は示されていない。行く先についても「わたしが示す土地」と言われるだけで、どこに行くのかは示されていない。だが、アブラハムは神の命令に従って出発した。
 その時から、生活と礼拝場所の移動があり、苦しい試練の時を経なければならず、その間には、神を見失いそうになることもしばしばであったが、神は絶えずアブラハムの信仰の原点に立ち帰らせ、真の礼拝を回復させて下さった。
 このことは、神の臨在し給うのは神殿の聖所であるとするユダヤ主義者たちに対する反論になっている。神は聖所というひとつの場所に拘束されたり、儀式や伝統に束縛されるお方ではない。そして今、神殿での礼拝が形骸化している時に、神はイエス・キリストを送って、その贖いをもって、律法の囚われから脱出して、教会という新しい場所で、真の礼拝が出来るようにして下さった。アブラハムが信じた約束は、最終的にはこのような形で実現したということが、ステファノの言わんとしたことであったろう。

米子伝道所主日礼拝説教 要 旨              2006年6月18日 山本 清牧師 

 聖  書:使徒言行録7:1−8
 説教題:「神の命令と約束」                   
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