「では、わたしの隣人とはだれですか」…(善いサマリア人の譬え)…「さて、あなたはこの三人の中で、だれが追いはぎに襲われた人の隣人になったと思うか。」律法の専門家は言った。「その人を助けた人です。」       (ルカによる福音書10:29−37より)

 律法の専門家は、「何をしたら、永遠の命を受け継ぐことができるか(=どうすれば正しい生き方ができるか)」というテーマについて、律法に基づいて、「神と隣人を愛すること」との基本原則を正しく認識していた。しかし、主イエスから「それを実行しなさい」と言われて、「では、わたしの隣人とはだれですか」と問い、自分の隣人の対象範囲を限定することによって、自分を正当化しようとした。私たちの愛も同様である。
 それに対して、主イエスは「善いサマリア人の譬え」を話された上で、「だれが…隣人になったと思うか」と問い返された。律法の専門家が愛すべき対象を尋ねたのに対して、イエスは愛する主体が誰であるかを気付かせようとされたのである。明かに困っている人がそこにいる時に、誰がその人の隣人になるかが問題である。
 この譬えによって、主イエスは、私たちが祭司やレビ人と同様であることを示されると共に、あの「善いサマリア人」に目を向けさせる。このサマリア人とは、単なるお人好しの人物や、単なる道徳のお手本ではない。このサマリア人によって示されているのはイエス・キリスト御自身である。このサマリア人は自分たちを差別していたユダヤ人を助けた。主イエスは御自分を殺そうとする人たちをも愛し抜かれて、十字架に架かって罪を赦された。イエスがこの譬えで示されたことは、<私たちのような罪深い者のために命まで捨てて、愛し抜いて下さるお方は誰であるか>ということであった。「真実の愛」は主イエスによって行なわれたのである。この主イエスの愛を知った者は、「行って、あなたも同じようにしなさい」との言葉に押し出されて、新しい愛の世界へ踏み出すことが出来るのである。

米子伝道所伝道礼拝説教 要 旨              2006年5月28日 山本 清牧師 

 聖  書:ルカによる福音書10:25−37
 説教題:「真実の愛」                  
説教リストに戻る