「人間に従うよりも、神に従わなくてはなりません。」                      (使徒言行録5:29より)

 ユダヤの最高法院に引き立てられた使徒たちに対する大祭司の尋問(5:28)では、二つの告発がなされている。
 一つは、以前に取り調べを受けた時に、「あの名(イエス・キリストの名)によって教えてはならないと、厳しく命じておいた」のに、その禁令を破ったことである。ペトロたちは、イエスの名によって癒しの業を行ない、イエスの復活の事実を語っただけであるのに、そのことが民衆の間に知れ渡ると、大祭司たちの権威が損なわれ、立場がなくなることを恐れて、イエスの名によって語ることを禁じたのである。民衆の顔色を伺って権威を保たなければならない権力者たちには自由がない。一方、復活の事実に基づいて御言葉を語るペトロたちは、人の顔色に左右されない自由がある。彼らは大胆にも標記のように言い切ることが出来た。
 大祭司たちが述べた今一つの告発は、「あの男の血を流した責任を我々に負わせようとしている」ということである。福音書によれば、祭司長と長老たちが主イエスを殺そうと計り、群衆を扇動して、十字架につけたのは明かである。彼らこそ責任転嫁しようとしている。使徒たちは、自分たちが主を裏切った責任を覚えつつも、「あなたがたが木にかけて殺した」と、彼らの罪を告発する。しかし、使徒たちは続いて、「神はイエスを復活させられました。神はイスラエルを悔い改めさせ、その罪を赦すために、この方を導き手とし、救い主として、御自分の右にあげられました」(5:30-31)と述べて、人間が犯した罪をひっくり返されて、赦しと救いの道を備えられたという福音を語るのである。
 「人間に従うよりも、神に従う」とは、この神の救いの事実の証人として、聖霊に導かれて、御言葉を語り続けることにほかならない。

米子伝道所主日礼拝説教 要 旨               2006年5月14日 山本 清牧師 

 聖  書:使徒言行録5:27−32
 説教題:「人に従うより神に従う」                   
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