彼らは都に入ると、泊まっていた家の上の部屋に上がった。……彼らは皆、…心を合わせて熱心に祈っていた。 (使徒言行録1:1314

 主イエスが「オリーブ畑」と呼ばれる山で昇天されたとき、弟子たちは天を見つめて立っていると、天使が現れて、「イエスは、天に行かれたのをあなたがたが見たのと同じ有様で、またおいでになる」(11)と、再臨を告げたので、弟子たちは、主イエスが「エルサレムを離れず、前にわたしから聞いた、父の約束されたものを待ちなさい」(4)と命じられていたことに従って、エルサレムに戻った。エルサレムは主イエスを十字架に架けた人たちがいる所であり、弟子たちにとって決して居心地のよい場所ではない。「地の果てに至るまで証人となる」(8)との宣教の業を行うには困難が予想される所である。しかし、エルサレムは十字架と復活による救いの業が行われた場所であり、宣教の業はこの救いの原点から出発すべきなのである。
 弟子たちは、エルサレムで滞在中の家の「上の部屋」に上がった。ここは、最後の晩餐が行われ、復活の主が現れて下さった場所でもあると考えられる。そこは自分たちの愚かさ、裏切りの罪を思い起こさせる場所であると同時に、思いがけず復活の主から証人としての新たな使命を与えられた場所でもある。その場所に戻るということは、主による赦しの恵みと悔い改めの原点に立ち帰ることである。教会の宣教はこの原点から出発する。
 彼らがこの「上の部屋」でしたことは、伝道計画を立案することでも、宣教内容の検討でもなく、標記のように「心を合わせて熱心に祈る」ことであった。彼らは自分たちの弱さ、無力さが痛いほどよく分かっていた。彼らが心を合わせて「一つになって」(15節)いることが出来たのは、無力における一致である。彼らはただ祈るほかなかったのである。この貧しさの深みにおいて祈ることから、本年の目標である「御言葉に仕える教会形成」の第一歩が踏み出される。 

米子伝道所主日礼拝説教 要 旨             2006年1月15日 山本 清牧師 

 聖  書:使徒言行録1:12−20
 説教題:「心を合わせて」                
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