ガリラヤの人たち、なぜ天を見上げて立っているのか。あなたがたから離れて天に上げられたイエスは、天に行かれるのをあなたがたが見たのと同じ有様で、またおいでになる。   (使徒言行録1:11)

 復活後、四十日にわたって弟子たちに現れ、神の国について話された(1:3)主イエスは、「あなたがたの上に聖霊が降ると、あなたがたは力を受ける」と約束され、「エルサレムばかりでなく、ユダヤとサマリアの全土で、また、地の果てに至るまで、わたしの証人となる」(1:8)と、弟子たちに使命を与えられた。そのあと主イエスは昇天され、人間の目には見えない存在となられた。そのとき、天を見上げて立っていた弟子たちに天使が告げたのが標記の言葉である。
 この言葉が教えていることは、一つは、天の神の許へ昇られた主に地上の主の姿を求めて、主を地上に引き戻してはならないということである。主イエスは神の右に座して、地上の制約を超えた所で、一層強い御手をもって私たちを支配し、救いの御業を推進しておられるのである。
 今一つは、主イエスが再び私たちの所に来てくださり(再臨)、救いが誰の目にも明らかになる時が来るということである。その時や時期は私たちには知らされていない(1:7)。しかし、今の時代は、主イエスの十字架と復活の出来事を出発点として、再臨の日へ向かっているのであって、その間は、主イエスは神の御許で全世界を支配されており、私たちの所へは聖霊が送られ、私たちはその力を受けて、地の果てまで福音を宣べ伝える。――これがキリスト教の信仰に立つ歴史観・世界観の基本である。信仰者とは、この枠組みを受け入れ、証人にふさわしい生き方をしようとする者のことである。私たち一人一人が出来る事は小さく、私たちの伝道所の働きもすぐに目に見える形で成果が現れて来ないかもしれないが、神様の枠組みと救いの御計画の中にしっかりと組み込まれていることを覚えたい。

米子伝道所主日礼拝説教 要 旨              2006年1月8日 山本 清牧師 

 聖  書:使徒言行録1:6−11
 説教題:「地の果てまで」                
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