イエスは苦難を受けた後、御自分が生きていることを、数多くの証拠をもって使徒たちに示し、四十日にわたって彼らに現れ、神の国について話された。             (使徒言行録1:3)    

 標記には、主イエスの御受難と昇天の間の四十日に主イエスがなさったことが要約されている。一つは、復活して生きておられることを弟子たちに示されたこと、すなわち「顕現」と言われていることである。十字架の死が克服されて、罪に勝利されたという事実がなければ、福音の宣教は成り立たない。今一つは、神の国、すなわち神の支配について教えられたことである。神は天地創造の時から世界を御支配なさっているが、人の目には罪と悪が支配しているように見える。しかし、主イエスの御受難と復活によって、我々の目にも神の支配が現実のこととなったのである。これら二つのことは、宣教活動や教会形成の基礎となる事柄である。
 続いて、弟子たちと食事を共にしていたときに一つの命令を与えられた。復活の主イエスとの食事は、ただの飲食ではない。それは「共にパンを裂く」ことによって十字架の贖いを思い起こすための聖餐の食事であった。これも教会形成にとって、御言葉を宣べ伝える事と共に重要な基礎である。
 主は、「エルサレムから離れず、前にわたしから聞いた、父の約束されたものを待ちなさい」と命じられた。「約束されたもの」とは聖霊のことである。宣教と教会の形成は弟子たちの力や熱意だけで出来ることではない。上からの力、すなわち聖霊の働きがなければならない。「エルサレム」は主イエスの十字架と復活の御業が行われた場所である。そこに救いの原点がある。宣教の業は、ここから出発すべきである。
 以上の中に、本年の目標である「御言葉に仕える教会形成」の基礎が述べられていると言える。

米子伝道所主日礼拝説教 要 旨              2006年1月1日 山本 清牧師 

 聖  書:使徒言行録1:1−5
 説教題:「聖霊による出発」                
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