それゆえ、わたしの主がらあなたたちにしるしを与えられる。見よ、おとめが身ごもって、男の子を産み、その名をインマヌエルと呼ぶ。                    (イザヤ書7:14)

 南北王国時代、強国アッシリアに対抗するために、北王国イスラエルとアラム(シリア)が同盟して、これに南王国ユダにも加わるように求めて来たが、南王国のアハズ王はこれを拒否したため、同盟軍がエルサレムを包囲した。このことが伝えられると、「王の心も民の心も、森の木々が風に揺れ動くように動揺した」(7:2)。
 そのような状況の中で、主は預言者イザヤを通して、「落ち着いて、静かにしていなさい。恐れることはない」(7:4)と語られ、同盟軍が謀っていることは「実現せず、成就しない」(7:7)と約束されたにもかかわらず、信じる事が出来ないアハズ王は、アッシリアに貢ぎ物を贈って助けを求めるようなことをしてしまった。主は更に、アハズ王に「主なるあなたの神に、しるしを求めよ」(7:11)とまで言われたが、彼は自分の不信仰を棚に上げて、「わたしは求めない。主を試すようなことはしない」(7:12)と偽善的な言葉で答え、イザヤと神に「もどかしい思い」をさせた。そこで、主がイザヤを通して語られたのが標記の言葉である。
 神の言葉を信じず、政治的、軍事的手段に頼ろうとするアハズ王に主が自ら与えられるしるしは、一人の男の子であった。敵が攻めて来る時に、何の役にも立たない幼子。自分の力に頼るのではなく、親を信頼するしかない幼子。それがインマヌエルと呼ばれるしるしなのである。
 現代世界と私たちの身辺の状況は、私たちに不安と恐れを抱かせるが、主がイエス・キリストを遣わして下さって、インマヌエル(「神が我々と共におられる」との意)というしるしは実現した(マタイ1:23)。私たちがこのしるしを「信じなければ、確かにされない」(7:9)。しかし、信じて受け入れるならば、「落ち着いて、静かにして」いることが出来るし、決して「恐れることはない」のである。

米子伝道所主日礼拝説教 要 旨           2004年11月28日 山本 清伝道師 

 聖  書:イザヤ書7:1−17
 説教題:「神は我々と共に」              
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