ただ、「天使たちよりも、わずかの間、低い者とされた」イエスが、死の苦しみのゆえに、「栄光と栄誉の冠を授けられた」のを見ています。神の恵みによって、すべての人のために死んでくださったのです。                  (ヘブライ人への手紙2:9)

 ヘブライ人への手紙の著者は、第1章では御子キリストは神の本質の現れであり(1:3)、天使たちより優れた方である(1:4以下)ことを述べてきた。しかしここに来て一転して、キリストが天使たちよりも低い者とされ、私たちと同じ人間となられたことが述べられる。しかも、主イエスは単に一人の人間になられただけでなく、「死の苦しみ」を味わわれた。
 それは何のためか。創世記に記されているように、人間は神に似せたものとして造られ(創1:26,27)、すべての造られたものを治めるようにされたが、現実の世界は混乱しており、治めるどころか悪魔の支配のもとにあるかのようになっている(2:8)。それは神の創造にふさわしくない。そこで、御子イエスは御自分の苦難と死によって、悪魔を滅ぼし、罪と死の奴隷状態にあった私たちを解放して下さった。そのことによって「救いの創造者」(2:10)となられたことが、創造者である神の御心にふさわしいことであった。主イエスが苦難を通してなされた救いの業が、神が万物を創造された目的とぴったりと一致しているということである。
 クリスマスは、単にキリスト教の教組の誕生日として祝うのではない。イエスが誕生されたのは、「民の罪を償うために、すべての点で兄弟たちと同じようにならねばならなかった」(2:17)からであり、「神の恵みによって、すべての人のために死んでくださる」(2:9)ためであった(フィリピ2:610参照)。降誕節と受難節は一つの救いの御業なのである。

米子伝道所主日礼拝説教 要 旨            2003年11月30日 山本 清伝道師 

 聖  書:ヘブライ人への手紙2:5−18
 説教題:「すべての人のために」                  
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