だから、わたしたちは聞いたことにいっそう注意を払わねばなりません。そうでないと、押し流されてしまいます。(中略)ましてわたしたちは、これほど大きな救いに対してむとんちゃくでいて、どうして罰を逃れることができましょう。(ヘブライ人への手紙2:1,3)          
 この手紙の第1章の要点は、<神は御子イエス・キリストによって、御自分の本質を語られた、従って、キリストは、律法を伝えたとされる天使より優れた方である>ということであった。それを受けて、「だから、わたしたちは聞いたことにいっそう注意を払わねばなりません」と勧める。「聞いたこと」とは、13で「人々の罪を清められた」と言われているように、主イエスの十字架と復活による贖罪の御業のことであり、ここではそれを「これほど大きな救い」とも述べている。
 私たちに対する勧告の第1点は、よほど注意を払っていないと、「これほど大きな救い」から押し流されてしまうことである。私たちを取り囲んでいる偽りの救い、人生に襲いかかる荒波や誘惑、一見生きがいと思えるもの、周囲の人々への気遣い、それに私たち自身の中にある自我など、私たちを押し流す要因には事欠かない。
 私たちに対する勧告の第2点は、「これほど大きな救い」に対して、むとんちゃくで、これを軽視したり、ないがしろにするなら、罰を逃れることはできない、ということである。
 この救いの御言葉は、弟子たちを通し、聖書を通し、礼拝の説教を通して私たちにも語られている。それだけではない。私たちの生活の様々な場面で聖霊の賜物が分け与えられていて、救いを証ししてくださっている。そのようにして、私たちが救いの御言葉を聞き逃さないようにしてくださっているのである。
   

米子伝道所主日礼拝説教 要 旨              2003年9月28日 山本 清牧師 

 聖  書:ヘブライ人への手紙2:1−4
 説教題:「これほど大きな救い」                  
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