繁蔵と佐原囃子 (2005年 7月16日)
晴れるでもなく、降るでもなく、蒸し風呂のような梅雨明け前、 佐原の夏祭りを見に行こうと思い立った。 去年は秋祭りを見ているが、夏祭りはどうだろう。 まずは、天保水滸伝遺留品館を観ようと、利根川沿いのJR成田線の笹川駅へ向かう。 うっかり、館のある諏訪神社を通り過ぎたが、笹川繁蔵(1810 - 1847)と平手造酒の墓という看板が眼に入り、延命寺という寂れた寺の境内に入ってみる。 大きな墓石が二つ並んで立っていた。 繁蔵の墓の前に、でっかいサイコロの石が突き刺さっていた。 あれでは、永遠に勝負がつかない。 側に解釈を刻んだ石があって、 『人生の岐路に立ち、何れの道をと迷うとき、その選択と決断は、運命の勝負である。神仏を念じつつ、この勝負石に触れれば、必ずや勝者とならむ』 と記されている。 そうかぁー、 「そこに、いつまで止めるかね?」 力士を志した繁蔵は、この神社で農民救済ための奉納相撲をしていたそうだ。 親分もさぞ、一服吸いてぇ〜だろう。 キセルとよ 煙草をこっちへ 投げてくれ おっとっとー おまえのライター 投げてくれ 頭、胸、背中、腕、・・・汗が全身にへばりつく湿気の中、佐原へ向かう。 親分さん 利根の川風 吹かせてよ 今日は京都の祇園祭り。 あっちの山車は20メートルを越すが、佐原の山車はこじんまりしている。 佐原囃子が小野川の柳並木の向こうから聞こえてくる。 一昨年、国指定文化財になったこの囃子には、懐かしい響きがある。 古くから伝承されているこの響きは、日本人の琴線に触れる。 旧家が保存されている町並みを歩き、古い小さな蕎麦屋に入る。 テーブルは小さく、2階にあがる階段は狭く、ふっと、つつましい女の足を連想する。 伊能忠敬 (1745 - 1818) の旧居を観て帰宅する。 隠居して 列島ぐるりと 足で描く
佐原囃子が聴けます 伊能忠敬記念館 時代小説年表(1716年〜)、このサイトの home |
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