沖縄通信(1) 2011年8月5日

沖縄にセカンドハウスをもつという選択肢もあったが、そのような選択肢は当初から頭に無かった。付加価値商品に囲まれた日常生活の垢を洗い流し、沖縄の村で地産地消のシンプルな生活をしたいという願望が頭を100パーセント支配していた。移住とは、住所を移すこと、特に70才を越えれば、「移住先=終(つい)の棲家」である。村の人たちと交わり、そこに溶け込み、そこで骨になる。物件探しは2009年秋に開始した。本島北部の名護市周辺やうるま市や読谷あたりから南へ、村の中の築の浅い小さな平屋で庭の広い中古物件を当たって行った。そして、2010年1月、南城市の集落の真ん中で、綺麗な築の浅い物件に出会うことができた。大学を定年退職して、約5年にわたる(独)研究所の客員研究員の契約終了を区切りにして、引っ越しは2011年3月以降の早い時期。 顧みれば、移住可能になるまでの労働は実に大変だった。想定を超えたのは、今まで住んでいた母家を修復して空家に戻すこと、そして、父が亡くなってから放置していた離れの膨大な蔵書の整理や内装の労働量だった。大工をしたり、左官をしたり、塗装業をしたり、廃棄物をゴミ焼却場へ何度も運んだり、我ながら、よくやったと思う。

老夫婦と愛犬一匹が移住したのは2011年5月29日、台風2号が沖縄を襲った日だった。飛行機の欠航が心配だったが、運よく、鹿児島を通過している台風を飛び越えて、羽田から那覇へスムーズな飛行となった。しかし、那覇に着いてみると、道路の信号機は点灯せず、街路樹が倒れたり、枝が引き裂かれたり、初めて見る台風直後の無残な光景があった。その後、雨が数日続いた。そして、沖縄は目を疑う光景を私にプレゼントしてくれた。庭にホタルが飛んでいる、6月初旬だというのに! 幼いとき、北陸の田舎道でホタルを追いかけて以来、初めての体験である。ここでは、ホタルが年2回飛ぶという。

移住の日(5月29日)から2ヶ月が過ぎた今日(8月5日)、私は台風9号の洗礼を受けている。昨日から、バシッバシッと強烈な風圧を叩きつける暴力的なやつがこの村を荒らしている。庭のマンゴーやレイシやシークヮーサの木が、根を浮かされないように必死に耐えている。引きちぎられた枝が舞っている。やっと根付いたハイビスカスたちはすでに倒され、根っ子を中心にグルグル回されている。3日間も居座っている。やっぱり、沖縄の台風の凄さは半端じゃない。

この村に住み、老人会のカラオケや村の綱引き大会に参加した。愛犬のアッシュはシュナウザーであり、同じ犬種がテレビドラマに出ているようで、村の小学生たちが我が家にアッシュを見に来る。この村には実に多くの子供が居る。少子化という問題は存在しない。沖縄のお年寄りは実にアケスケである。早朝から夜更けまで、壮年たちは働きに出ている。3世代が住む世帯が多い。懐かしい健全な生活がここにある。加えて、門中と呼ばれる先祖から土地や墓を受け継ぐシステムのおかげで、老人を敬い、老人の発言が権威をもつ風土がある。なんと居心地の良い環境だろう!

リフォーム工事を通じて、いろんな職人と話すことになった。私と同年配の人たちが話す言葉はまるで外国語である。そもそも、ほとんどの単語が異なる。また、漢字で書けば同じでも発音が違う。たとえば、「あの木はキームムです」と教えてくれた。この木を知りたくて調べてみたら、漢字は「毛桃」だった。我々は”ケーモモ”と発声する。しかし、沖縄では、母音は”ア”と”イ”と”ウの3音だけであり、”エ”は”イ”に変化し、”オ”は”ウ”に変化することが分かった。沖縄の人と話すとき、いつも気になる言葉使いがある。たとえば、業者さんに「じゃ、これで見積もりをお願いします」と言えば、「明日までに書きしょうね」と答える。先日、隣の奥さんが島トウガラシの苗をくれたが、そのとき、「これ、もらいましょうね」と言って、苗を私に差し出してきた。最初は違和感を抱いたが、最近になって、この表現にやさしい響きを感じるようになった。この言葉づかいには、相手との連帯意識が込められている。この島の歴史、この村の歴史に次第に興味が湧いてきた。

写真をクリックすると大きな画面を見ることができます


台風2号の雲が去り、移住先の裏のガジュマルの山にかかった虹。


6月中旬、近くの港川漁港のハーリー(ボート競走)の祭り。


いろんなハイビスカスを庭に植えた。Shocking Pinkが咲き始めた。たくさんの蕾を付けている。でも、台風9号でみんな叩きのめされてしまった。


夜8時から、村を東(あがり)と西(いり)に分け、綱引きの東西対抗。写真は東チーム。この日の昼は、村の倉庫からこの綱を運びだし、補修作業が行われた。


近所の女の子に可愛がられる愛犬のアッシュ(シュナウザー)。


村の中にもガジュマルの木が多い。村で一番大きいガジュマル。でも、一本の木なの?