論理回路2

第2章 順序回路の基礎(その1)

   −フリップフロップ−

井澤 裕司  


1 はじめに
本章では、 順序回路 の基本であるフリップフロップについて学習します。
「論理回路1」 で学んだ 「組合せ回路」 にはなかった、 時間の要素 が加わります。
タイムチャート 等、最初は慣れない項目があるかもしれませんが、 組合せ回路 の基本を復習すれば、十分理解できると思います。

1.1 順序回路とは

順序回路 とは、その時点の入力のみならず、 過去の入力信号 にも依存する回路です。
メモリ のように 内部状態 記憶 する機能が含まれていると考えて下さい。
順序回路 の代表的なものは、この章の後半で説明する フリップフロップ ですが、
次章以降で説明する レジスタ カウンタ 等も、この 順序回路 に属します。

なお、 順序回路 は、 組合せ回路 のように 真理値表 では、その動作を記述できません。
これにかわるのが 状態図 遷移表 です。

以下、その内容について説明しましょう。

1.2 状態図と遷移表
ここでは、 状態図 遷移表 について解説します。

はじめに下の シーソー のような図を見てください。

現在は 側に重りが乗っており、 側が下がっています。

ここで、 側の Set というポイント(丸い印)を クリック して下さい。
今度は、 側の重りが消えて 側に移動すると同時に、 シーソー 側が下ります。
次に、 側の Reset というポイントを クリック して下さい。
今度は、 側の重りが消え、 側に移動すると同時に、 シーソー 側が下ります。

側が下がっているときに、 Reset クリック しても シーソー の状態は変わりません。
また、 側が下がっている場合の Set も同様です。
これは、 RSフリップフロップ という最も単純な 順序回路 の動作を表しています。
このような、 RS-FF の動作を次のような 状態図 というもので表すことができます。
なお、ここでは シーソー 側が上がった状態を、 出力1 と定義しています。
セット リセット信号 により、出力は 0 と 1の間を遷移します。
この 状態図 から 遷移表 というものを作成します。

RS-FFの場合、以下のようになります。
    RS-FFの遷移表
なお、入力の S(Set) R(Reset) は重りを乗せた状態を1 と定義しています。
遷移表 の X は、2つの重りを シーソー の両端に同時に乗せる ことを 禁止 するという意味です。
同じ重りの場合 シーソー が釣り合ってしまい、出力は 0でも 1でもない状態となります。
これはもはや、論理回路ではありません。

この 遷移表 を作成することが、 順序回路 を設計する場合の原点になります。
これは、 組合せ回路 における 真理値表 と 同じ位置付けです。

1.3 まとめ

ここで、 順序回路 の一般的な 設計手順 を示しておきます。

@ 遷移表 を作成する。
A 論理式 で表し、簡略化する。
B 論理回路記号(MIL記号) で表す。

なお、Aの簡略化については、 「論理回路1」 第5章 で述べた手法を用います。
次節では、これらの手順をいくつかの フリップフロップ回路 を例に説明します。

2 フリップフロップ
本節では、 フリップフロップ回路 (以下 FF とする)について説明します。
はじめに、その分類を示します。
@ RS-FF  (リセットセット フリップフロップ)
A T-FF  (トグル フリップフロップ)
B JK-FF  (JK フリップフロップ)
C RST-FF  (リセットセットトグル フリップフロップ) 
D D-FF  (ディレイ フリップフロップ)
これらの動作上の違いを理解して下さい。
なお、次章で述べる レジスタ カウンタ は、これらの フリップフロップ をベースに構成したものです。

2.1 RS-FF (リセットセット フリップフロップ)
この RSフリップフロップ は、すべての FFの基本 となるものです。

先に述べたように、リセットという入力が1になると、現在の状態に かかわりなく 出力は無条件に 0となります。
逆にセットという入力が 1になると、 出力は 無条件に 1になります。
入力がともに 0 であれば、その前の状態を保持します。
なお、2つの入力(R,S)は互いに矛盾するため、 これらが 同時に1になることは禁止されています。
以下に示す 遷移表 は、この RS-FF の動作を記述しています。
     RS-FFの遷移表
この 表から、次の状態 Q n を入力 ( S , R )と Q を用いて表します。
すなわち、現在の状態 Q は一種の入力とみなします。

この論理式を、 カルノー図 を用いて 簡略化 します。
結果を以下に示します。

(なお、 禁止 されている状態は × で表します。)
これより次の式が成立します。

これらの式を 特性方程式 と呼びます。

1番目の式は、 リセット セット が同時に1となる 状態を禁止するためのものです。

2番目の式についてその否定をとり、 ド・モルガンの定理 を用いて変形すると、次の式が得られます。
これより、 NOR回路 2個を用いて以下に示す回路図が得られます。

このように、 RS-FF は2入力の NOR回路 を用いて実現することができます。
この RS-FF の動作を示す タイムチャート を、以下に示します。

時間軸上での動作を十分理解して下さい。


次にこの回路を NAND回路 を用いて表現してみましょう。
上の論理式を変形すると次のような式が得られます。
これより、以下の回路図が得られます。
入力の S R 負論理 となっている点に注意が必要です。


2.2 T-FF (トグル フリップフロップ)

この T-FF は、 トグル 、もしくは トリガーフリップフロップ の略で、入力 T の立ち上りで、出力 Q が反転します

この T-FF 遷移表 は、以下のようになります。
この表の左半分から論理式を求めます。
これらをMIL記号を用いて表現すると、以下に示す回路図(1番上)が得られます。

次に、上の 遷移表 右半分 を使用して、この T-FF RS-FF を用いて構成する手法について説明します。
記号の 「−」 は、 0 1 どちらでもよいことを示しています。
ここでは、 0 とみなすと、以下の式が得られます。
これより、上の中央の回路図が得られます。なお、この T-FF を簡略化した記号(図の下)で表すことがあります。
次に、この T-FF タイムチャート を示します。

上の図で、入力信号 T = 1 の幅が狭いことに注意して下さい。

もし、 T = 1 の期間が長くなると出力 Q 0 → 1 → 0 のように反転を繰り返し、 発振 します。
これを防ぐため、 T の立ち上り後、出力 Q が変化する前に T = 0 とする必要があります。

このような T-FF を、 パルス型T-FF(もしくはAC型T-FF) と呼びます。
このような、入力 T の制約をなくした T-FF DC型T-FF と呼びます。
これらは、回路構成の違いにより (1)マスタ・スレーブタイプ と、 (2)エッジトリガータイプ に分類されます。

マスタ・スレーブタイプ DC型T-FF の回路構成を以下に示します。
AC型T-FF に用いた ANDゲート と、 RS-FF の組み合せが2つ従属に接続されています。
前段が マスタ 、後段が スレーブ として動作します。

T=1 では 後段の出力を反転したものを前段のRS-FFに記憶し、 T=0 では前段出力を後段のRS-FFに転送します。

なお、出力 Q T の立ち下り直後に反転します。
AC型のように反転出力を直接入力側に接続すると 発振現象 を起しますが、 このように2段構成で反転した信号の受け渡しを行うことにより、 入力 T の幅に依存しない 安定 反転動作 を実現しています。

エッジトリガータイプ DC型T-FF の回路構成を以下に示します。
入力 T が接続する3入力NORの上下に、2入力のNORが1つずつ追加されています。
T=1 のとき、上と下のNOR出力で Qsbと Qrb は、 それぞれ not Q と Q を反転した値になります。
すなわち、T の立ち上りより少し遅れて、 Qsbは Q の値に、 Qrb は not Q の値にセットされます。
次に T=0 になった瞬間、中央の2つのNORが Qsb と Qrb を入力とする RS-FF として動作します。
この出力 Qs、 Qrはそれぞれ後段のRS-FFのセット、リセット入力となっており、 T の立ち下りで出力 Q が反転します。
反転後、少し遅れて Qsbと Qrb はともに0に戻ります。


2.3 JK-FF (JKフリップフロップ)

JK-FF RS-FF に似ていますが、 J=K=1 で出力 Q 反転 する点が異なります。
RS-FF では、 R=S=1 は禁止されていました。)
この JK-FFの遷移表 は、次のようになります。
この遷移表から、以下の カルノー図 が得られます。
これより、簡略化された式が求まります。
この式を MIL記号 を用いて表現すると、 次のようになります。
なお、この JK-FF を簡略化した記号(図の下)で表すことがあります。
次にこの JK-FF タイムチャート を示します。

ここで示した JK-FF クロックパルスのない タイプです。
2つの入力 J,K が同時にHになるとき、 出力 Q が反転しますが、
現実のハードウェアを用いて、 同時に変化する状態を作ることは極めて難しいことです。

一見同時に見えても、光が数十センチ進むような、 微小な時間を拡大して観測すると、
配線の長さなどにより わずかなずれを生じているためです。
この時間のずれを 過渡的ハザード と呼びます。

極めて高い信頼性が要求される論理回路では、 このハザードによる誤動作を防ぐ対策が必要になります。
そこで実際に用いられているのが、 クロックパルス のある JK-FF です。
その回路構成はやや複雑ですが、 興味のある人は、参考書等で確認して下さい。

2.4 RST-FF (リセットセットトグルフリップフロップ)

RST-FF RS-FF T-FF の機能が付加されたものです。
その 遷移表 を以下に示します。
なお表の” × ”は 禁止状態 を、” ”は 0 と 1 のいずれでもよい ことを示しています。
この表の左半分から、次の式が導かれます。
一方、この RST-FF RS-FF を用いて実現する手法 について説明します。
上表の右半分に注目して下さい。
ここで記号の” ”は 1と0のいずれでもよいことを示します。

例えば、上から2段目で出力 Q が1から 1となっていますが、 セット Si=1 )されたのか、あるいは セット
リセッ トもされなかったのか のいずれかです。
しかし、リセット されたのではないことは明らかです。( Ri=0 )

ここで、 Si Ri R,S,T,Q を用いて表し、簡略化すると次式が得られます。
これより、 RST-FFの回路図と タイムチャートが得られます。

なお、この RST-FF T-FF と同様、T=1の期間が長くなると、 出力 Q が発振するので注意が必要です。

2.5 D-FF (ディレイフリップフロップ)
D-FFの’ D ’は Delay の意味で、 1クロックの遅延素子 として使用されている最も重要な フロップフロップ です。

次章以降で説明するカウンタやレジスタを構成する基本的な FF ですので、 十分理解してください。
このD-FFの遷移表 は以下のようになります。
この D-FF RS-FF を用いて実現します。
内部入力は、以下のように表されます。
これより、次のような 回路図 タイムチャート が得られます。

クロックパルスの幅が狭いことに注意して下さい。
上の回路の場合、クロックパルスがHの期間に入力 D が変化すると、 出力 Q も変化してしまいます。
(実際に、自分でタイムチャートを書いて確認して下さい。)

この回路は一般には、 ラッチ と呼ばれ、 エッジトリガーのD-FF と区別されています。

エッジトリガー とは、クロックの立ち上り時点における入力 D の値が、 次のクロックの立ち上りまで保存されるFFです。
すなわち、クロックの立ち上り以外で、入力Dが変化しても、出力Qは変化しません。
したがって、クロックパルスの幅などは自由に設定できます。

一般のLSI には、この エッジトリガー型D-FF が多用されていることを覚えておいて下さい。

3 まとめ

本章では、 順序回路 の基本となる フリップフロップ について学習しました。
次章では、この フリップフロップ を用いた カウンタ回路 について紹介します。
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