短時間フーリエ変換と連続ウェーブレット変換

井澤 裕司  


1. はじめに
時間により変化する信号 x(t) をフーリエ変換すると、そのスペクトル X(ω) が得られます。
このスペクトルは、周波数の関数であり、もはや時間の情報は失われています。

したがって、スペクトルの時間的変化を求めるためには、信号の一部を窓関数(Window Function)を
用いて切り出し、この窓をずらしながら、その区間の信号のスペクトルを次々に解析する必要があります。

信号の周波数の時間的変化を解析する手法として、 短時間フーリエ変換 (Short-time Fourier Transform)
連続ウェーブレット変換 (Continuous WaveletTransform) があります。
この連続ウェーブレット変換は、短時間フーリエ変換の問題点を解決するために考案された比較的新しい
手法であり、現在も様々な機関で研究が行われています。

本章では、これらの方式の違いを中心に解説します。

2. 短時間フーリエ変換(Short-time Fourier Transform)
短時間フーリエ変換 では、一定の大きさの窓関数を用いて信号を切り出し、その結果をフーリエ変換して
スペクトルを計算します。
設定した1つの窓に対して1組のスペクトルが得られるので、スペクトルの時間的変化を求めたことになります。

入力信号 x(t) を、時間 b を中心とした ガウス窓(Gaussian Window) を用いて切り出した信号のスペクトル
X(b,ω)  は次のように表されます。

なお、 σ はガウス分布の広り、すなわち切り出す信号のサイズを決める定数であり、スペクトルは時間 b
周波数 ω の関数となります。
このようなガウス窓を用いた短時間フーリエ変換を Gabor変換 と呼ぶことがあります。
 
ここで、信号に ガウス窓 を乗じる操作と フーリエ変換 を1つの変換操作とみなしてまとめると、
次のような関数 Gs(t,ω) が得られます。

ここで、 σ ω は独立であり、例えば σ を固定したまま ω の値を変化させると、関数 Gs(t,ω) の形状は
複雑に変化します。(極大点と極小点の数は、ほぼ ω に比例して増加します。)
一般に、周波数の分解能は窓関数のサイズに反比例するので、この窓関数のサイズを大きく設定すると、
周波数分解能は向上しますが、時間軸に関する情報、すなわち時間分解能は低下します。
一方、窓関数のサイズを小さく設定すると、時間分解能は向上しますが、周波数分解能は逆に低下します。
 
このように、周波数分解能と時間分解能は、一方が高くなると他方は低下し、これを「不確定性の原理」と
言います。
すなわち、短時間フーリエ変換では、周波数分解能と時間分解能を両立させることができないことを
示しています。

このような問題を解決するため、フランス人の石油探査技師であった Morlet は、1980年初頭に次に
示す連続ウェーブレット変換を考案したと言われています。

3. 連続ウェーブレット変換
   (Continuous Wavelet Transform)
短時間フーリエ変換では、窓のサイズと周波数を独立に変化させることができます。
たとえば、上に示したGabor変換では、 σ を固定したまま ω の値を変化させると、関数 Gs(t,ω)
形状は、複雑に変化します。

ウェーブレット とは 「さざ波」 のことですが、このウェーブレット変換では、1つの マザーウェーブレット という
基本的な関数を 拡大・縮小 させることにより、信号の周波数-時間軸の解析を行う手法です。

上記Gabor変換に対応するマザーウェーブレットを、次式で表します。


この関数 ψ(t) は、複素正弦波にガウス関数を乗じたものとなっていますが、周波数 ω に依存しない
ことに注意して下さい。

ここで、上のマザーウェーブレットを基にして、時間方向に拡大・縮小・シフトした次の関数を用います。


パラメータの a は、マザーウェーブレット ψ(t) を時間方向に拡大・縮小する比率を決定するものであり、
周波数に相当します。
また、パラメータの b は、短時間フーリエ変換と同様時間のシフト量に対応し、ガウス窓の位置(解析する時間)
を決定します。

この関数を用いて、連続ウェーブレット変換を次のように定義します。


ここで示した連続ウェーブレット変換を、Gaborのウェーブレット変換(時に、単にGabor変換)と言います。
短時間フーリエ変換であるGabor変換と混同しないよう注意が必要です。
なおこの変換は、フーリエ変換で成立したような直交基底の条件を満たしません。
短時間フーリエ変換 連続ウェーブレット変換 の違いについて、次の図を用いて具体的に説明しましょう。
 
左は 短時間フーリエ変換 の基底関数 Gs(t,ω) 、右は 連続ウェーブレット変換 の基底 ψ{(t-b)/a}  を表しています。

この表示では、周波数の変化に伴い、 短時間フーリエ変換 の基底関数の形状が変化するのに対し、
連続ウェーブレット変換 の基底関数はすべて相似形であり、1つのマザーウェーブレットを拡大・縮小したものが
使われていることがわかります。

連続ウェーブレット変換 では、周波数が高くなるについて、そのサイズも小さくなり、時間軸の詳細な情報を
検出できます。

その例を次に示しましょう。

(1) 短時間フーリエ変換(Gabor 変換)
はじめに、短時間フーリエ変換 (Gabor 変換)を用いた解析例を示します。

上が、解析に用いた入力信号であり、途中の数カ所で不連続な箇所が含まれています。
中央がスペクトルの振幅成分であり、明るいほど振幅が大きくなっています。
下はスペクトルの位相成分であり、それらの位相を色を用いて表現しています。

(2) 連続ウェーブレット変換 (Gabor)
次に、Gaborによる連続ウェーブレット変換による解析例を示します。

上が、解析に用いた入力信号であり、途中の数カ所で不連続な箇所が含まれています。
中央がスペクトルの振幅成分であり、明るいほど振幅が大きくなっています。
下はスペクトルの位相成分であり、それらの位相を色を用いて表現しています。

(1)の短時間フーリエ変換と比較すると、不連続成分がより明瞭な形で表示されていることが分かります。

4. 代表的な連続ウェーブレット関数

連続ウェーブレット変換のマザーウェーブレットとして、以下のような関数が用いられます。


(1) Gabor のウェーブレット
先に示したように、Gabor のウェーブレット関数は複素数となり、以下のように表されます。
時間 t の絶対値が大きくなっても、この関数値は完全に0にはならず、いわゆる「コンパクト・サポート」
ではありません。
先に触れたように、直交ウェーブレットではありませんが、信号の局所的な周波数成分を検出するのに
用いられます。

(2) Mexican hat

ガウス関数の2次の導関数はメキシカンハットのような形状となり、これをマザーウェーブレットとします。
式で表すと次のような実関数となりますが、これも直交ウェーブレットではありません。

(3) French hat

この関数も次式で示されるような実数値であり、(2)のMexican hat を矩形を用いて単純化したような
形状をしています。
両端で完全に0となるので、コンパクト・サポートと呼ばれますが、直交ウェーブレットではありません。


(4) Meyerのウェーブレット
Meyerは、フーリエ変換を用いた直交ウェーブレットの構成法を示しました。
まず、スペクトル領域で中央が1、両端が0となり、その間が滑らかに接続する次のような関数 XM(ω) を求めます。

1と0の間を、下に示す角速度 ω の多項式 g(ω) を用いて接続します。ここで n は整数です。

例えば n=3 のとき、 g(ω) は次のようになります。

この g(ω) を用いて、関数 XM(ω) を下の式のように定義すると、滑らかに接続するスペクトルが得られます。

関数 XM(ω) を逆フーリエ変換したのが、次のスケーリング関数φ(t) です。

このスケーリング関数φ(t) を用いて、次のようにウェーブレット関数ψ(t) を求めることができます。

この Meyerのウェーブレット関数は実数の直交ウェーブレットですが、いわゆるコンパクト・サポートではありません。

下の図に、これらのマザーウェーブレットの形状を示します。


これらの関数以外にも、様々な連続ウェーブレット変換が用いられています。
それぞれ一長一短があり、解析する信号の内容により、使い分けられています。

[補足] - Meyerのウェーブレット -

下の図を用いて、Meyerのウェーブレットについて補足説明します。
図の上は n=3におけるスペクトル XM(ω) の形状であり、1と0の間が滑らかに接続されていることがわかります。
中央に、このスペクトルを逆フーリエ変換して求めた スケーリング関数 φ(t) を示します。
下は、スケーリング関数から求めた ウェーブレット関数 ψ(t) です。
なお、これらの関数は、無限回微分可能です。


4. まとめ

短時間フーリエ変換と連続ウェーブレット変換についてその違いを中心に解説し、代表的な連続ウェーブレットをいくつか
紹介しました。
この連続ウェーブレット変換に対応するものとして、離散ウェーブレット変換があります。
その中で特に重要なDaubechiesによる離散ウェーブレット変換については、応用編で解説いたします。
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