ディジタル信号処理とは
井澤 裕司
1. アナログ処理とディジタル処理
- 信号には、アナログ信号とディジタル信号があります。
- 一般に人間の五感、すなわち、視覚、聴覚、触覚、嗅覚、味覚という感覚器官により測定される信号はアナログ量です。
- これらのうち前半の3つについては、光、音、温度、圧力に関する物理量です。
- また、嗅覚、味覚については明確な定義は困難ですが、イオン濃度等に置き換えて計測されることがあります。
- 極端にミクロな見方をしない限り、これらは連続した物理量であり、アナログ信号とみなせます。
- 一方のディジタル信号にはどのようなものがあるでしょうか?
- 身近な例では、ディジタル時計があります。
- 通常は1秒未満の表示は省略されるので、例えば1時1分1秒の次は1時1分2秒になります。
- 時間自体はいくらでも細かく観測できるアナログ量ではありますが、信号処理の過程で
- とびとびのディジタル値として処理されていることになります。
- アナログ処理とディジタル処理を比較すると、どちらにも一長一短がありますが、最近では記録や保存、
- 圧縮、伝送等に適していることから、アナログ信号をディジタル的に処理する機器や応用例が増えてきています。
- この背景には、コンピュータやネットワーク、半導体技術の進歩があることは言うまでもありません。
- 身近な例として、テレビをとりあげてみましょう。
- テレビは最終的に光(映像)と音を出力する装置であり、かつてはすべての処理がアナログで行われてきました。
- しかし新しく始まったBS放送では、画像や音の品質を向上し、伝送に必要な電波の帯域を有効に活用するため、
- ほとんどすべてのプロセスでディジタル処理が使われています。
- パソコンやインターネット等にも接続して、これらの画像や音声の情報を加工することを前提に考えると、
- ディジタル処理の優位性は明らかです。
- このように、本来入力と出力がアナログ量であり、従来当然のようにアナログ処理されていた多くの装置が、
- たいへんな速度でディジタル処理へと移行しています。
- アナログ信号とディジタル信号の違いについて、下の図を用いて整理してみましょう。
- 左は、例えば音声のようなアナログ信号です。横軸は時間、縦軸は信号の大きさを表しています。
- アナログ信号の性質として、いくらでも拡大できることが挙げられます。
- 一方の右側にディジタル信号の例を示します。
- ここで、横方向の時間軸について、ある間隔で観測する操作を、「サンプリング」(あるいは標本化)と言います。
- 例えば、コンパクトディスク(CD)では、44KHzの周波数でサンプリングされています。
- サンプリングの間隔はその逆数で、約23μsです。
- また、信号の大きさについて、ある間隔で観測することを「量子化」と呼び、この間隔を「量子化ステップサイズ」
- と言います。
- この量子化された値は、2進数で表すことができ、CDの場合16ビット(216=65536レベル)で表現されています。
- 量子化ステップサイズは、信号の最大振幅とビット数で決まります。
- 量子化の操作により、実際のアナログ信号との間に誤差が生じます。これを量子化雑音と呼びます。
- アナログ信号をアナログ処理すると、それぞれのプロセスで雑音が混入し、処理が複雑になるほどSN比が
- 劣化します。
- 一方のディジタル処理では、アナログ信号をディジタル信号に変換する部分で量子化雑音が発生しますが、
- その後はビット誤りが発生しない限り、同じSN比を確保することが可能です。
- 身近な電子機器の中から、アナログ信号がディジタル処理されている例を探してみましょう。
2. 基本構成
- 下の図は、ディジタル信号処理システムの基本的な構成を示しています。
- 基本的には、
- アナログ信号をディジタル信号に変換する
AD変換(器)
- ディジタル信号を処理する
プロセッサ本体
(コンピュータやDSP、専用ハードウェア)
- 処理されたディジタル信号をアナログ信号に戻す
DA変換 (器)
- 前処理と後処理の
ローパスフィルタ(LPF)
- で構成されます。
- 入力側のローパスフィルタ(LPF)は、折り返し歪を除去するためのものです。
- この折り返し歪については、「サンプリング」の項で解説します。
- なお、AD変換器の種類により、その前段にサンプルホールド回路が用いられることもあります。
- DA変換の出力は通常、次のサンプル値が現れるまでその値を保持します。
- これを、0次ホールドと言います。
- 出力側のローパスフィルタは、量子化雑音を除去するためのものです。
- 例えばビデオカメラやミニディスク等、身の回りにある機器がどのような構成になっているか、
- 調べてみましょう。
3. ディジタル信号処理の特徴
- アナログ処理に対するディジタル処理の特徴を以下に示します。
- [長所]
- 多様性 : 長時間の計算を要する複雑な処理が可能である。
- 柔軟性 : 適応処理のように、処理形態が容易に変更できる。
- 高精度 : 雑音は量子化雑音のみとなり、長時間のデータ記憶も容易である。
- 信頼性 : 製品のバラツキが小さく調整個所も少ない。また、温度や経年変化による劣化も少ない。
- 小型経済性 : 集積化による大量生産に向いている。
- [短所]
- 動作速度 : 動作可能なクロック周波数の上限がある。
- 回路規模 : トランジスタ等の部品点数が増加する。
- 消費電力 : クロック周波数にほぼ比例して、消費電力が増加する。
- 著作権等の問題 : 違法コピー等に対する対策が必要になる。
4. ディジタル信号処理の分類
- ディジタル信号処理を大きく分類すると、以下のようになります。
- (1)信号の変換
- 各種フィルタリング(LPF、HPF、BPF)
- 雑音除去(ウィーナーフィルタ、カルマンフィルタ)
- 変復調(テレビ信号の直交変調等)
- 信号の圧縮(画像、音声)
- 波形等化(モデム等)
- 予測/推定
- (2)信号の解析
- スペクトル解析
- 相関関数
- 特徴パラメータ抽出
- パターン認識
- (3)信号の合成
5. 参考文献
- 代表的な文献を以下に示します。
- (1)ディジタル信号処理全般
- 電子情報通信学編 「ディジタル信号処理の基礎」
- 電子情報通信学編 「ディジタル信号処理の応用」
- Oppenheim, Schafer 伊達訳 「ディジタル信号処理」 (上下) コロナ社
- (2)ディジタルフィルタ
- Hamming 宮川、今井訳 「ディジタルフィルタ」 科学技術出版社
- (3)ディジタルスペクトル解析
- (4)画像の符号化
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