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思いつくままに
絵に詩を添えました。
良かったらご覧くださいませ。

「メルヘンの小道」


「三日月の恋」

「彼岸花の願い」

「スワン」

「花売り娘の恋」

「一過性の恋」

「しあわせと
呼ばれるものたち」


哀しみの在処【ありか】

「空洞」

●リスの冒険 



※少しずつ
ページ制作中です。




◆音楽の部屋◆
昔、オリジナルの歌を作って歌うのが好きでした。You tubeに作品をUPしているので、興味のある方は
覗いてみて下さいね(*^-^*)

【詞・曲・歌・写真 宮本しょうこ】
♪Let it go
♪...cause.
風祈花伝〜フウキカデン〜
ほか
Youtube楽曲まとめページ







































































































     
 絵と言葉の紡ぎ部屋

絵を描いていると
不思議とこころの奥の方から詩や言葉が浮かんできます。
絵は詩を内包し、詩は絵を内包している…
絵にはメロディーが流れ、音楽には絵が映し出される。
すべての表現は繋がっている。そんな風に感じます。



「星降る丘」



「星降る丘」


あの日 ぼくたちは

星降る丘に 並んで座った

空は うすい水色 やがてピンクが混じり
うすむらさきをへて 群青に
夜空になった時 街が幻想のように浮かび上がった

不思議だね
あんなにたくさん 人が生きて
笑ったり ごはんを食べたりしている・・・

君と触れている脇腹あたりが あったかくて
少し 泣きたいような気もちを ぼくはそっと隠す

どんなことも ずっとは 続かない
どんなに 確かに思えても

ぼくたちは 親密な空気にくるまれて
 心近くにいた
流れ星が そのとき 空をすべり降りた



今 ぼくは この丘で
あの日と同じ 星空を見てる

唯一 ちがうのは
君が となりにいないこと

さみしさは とても力が大きいね
その大きさといったら ぼくなんて ありんこみたいに
いつだって あっさり押しつぶされるよ


時々 泣いたりもする


ただ
 この星の光が 遠い未来にどこかの星に届くなら
あの日のぼくらは 時空を超えて飛び続けているはずだ


だから 人は 
遠く 会いたいひとを 
『お星さま』 と 呼ぶのかもしれない




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

--おまけのエピソード--


小さい頃、家族は6人でした。
祖父、祖母、父、母、兄、そして私。

厳格だけれど、かっこよくて
でも私には甘かった祖父。

食卓では、いつも祖父が一家のリーダーで
ルールでもありました。

その祖父が亡くなったあと
いちばん祖父の不在を感じたのは
食卓の、祖父の座っていない椅子、でした。

死というものを実感として感じたことのなかった私は
家族は、ずっとこの6人で続いていくはずだと
どこかで思っていました。
理屈では人が何百歳まで生きることなどないと知っていても
この食卓から誰かがいなくなって
6つの椅子が、欠けるなんてこと
信じられなかったのです。
そして、それは私にとって、とても大きな恐怖感になりました。

どんなに願っても祈っても
変わることを止められない。
誰かがいなくなる、ということがどんなに悲しく不条理に思えても
自分の力では止めることはできない。
なにもかもが流れて変わっていく。

祖父が座っていた椅子が、がらん、と主をなくした時
そう実感しました。

けれど

なんとなく、この絵を描いた時の心もようを
こうやって言葉にしていたら

長い長い時間をかけて 届いた星の光が
今見ている星の光なら

その時の光景も、長い時間をかけて
遠い星の光のなかに存在するんだと思うと
映写機のフィルムが時空を刻み続けるように
多くのひとや存在のあらゆる思い出も無数に宇宙に飛び交っていて

魂だけなら あちこちで出会ったりすれ違ったり
しているような気持ちになったのです。
魂は、時間の法則に縛られないはずだから
時々おじいちゃんが、私のところに遊びに来ていても
不思議じゃないかもしれない。

これを書いた夜、ふと、そんなことを思ったのでした。