203高地はロシア海軍の基地である旅順港を砲撃できる高地で、日露両軍が激しい攻防戦を繰り返した。 乃木希典は、犠牲となった多くの日本将兵の霊を慰めるため、爾霊山(にれいざん)とし、銃弾の形をした碑を建てた。
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