「ジャック=ベアード少尉…ちょっといいかね」
基地内の休憩所前を通りかかったとき、上官であるヘンケン=ベッケナーから声をかけられた。
振り替えるジャックに、手招きをするので、側まで歩いていく。ヘンケンは休憩所にある観葉植物の後ろ、という物陰のような場所までジャックを引っ張っていった。
「…何ですか?」
「ああ、いや……ごほん」
なおも挙動不審にあたりを見回して、咳払いをひとつ。
「ジャック、…女性は、どんなものを貰ったら喜ぶと思うかね。
「…ええっと」
何故そんな事を聞くのか?という疑問を抱くより先に、質問に答えようと思案する。ジャック=ベアード少尉は基本的に素直な性格だった。
「その人が欲しがっているものを贈るのが一番じゃないかと…」
「それがわからんから君に聞いているんじゃないか」
「は、はぁ…、えーと…あ、アダム曹ちょ…もが!?」
観葉植物の向こうに自分の部下を見つけて呼びかけたジャックの口を、ヘンケンは慌ててふさいだ。
「どういうつもりだねジャック!?」
「え?いや、僕でわからないならアダム曹長に訊こうかと…」
「余計な事はせんでいい!!」
「なんです?少尉殿。お、ヘンケン艦長まで」
ジャックの口を再びふさぎながら、ヘンケンはアダムに向き直った。
「い、いや、なんでもない。そうだな少尉?」
ヘンケンの勢いに押されてこくこく頷くジャック。
アダム=スティングレイ曹長の人生経験はこの三人の中でもっとも長い。しばらく二人の様子を眺めて、そして納得したようにひとり頷く。
「…そうですか。しかし、失礼ながらジャック=ベアード少尉はこう見えて女性とあまり縁がないですからな。相談相手には向かないと思いますが」
「な、なぜそれを…!…というか、そうなのかね」
口をふさがれたままのジャックが、ムームー騒ぎだした。
「以前『私より可憐な男の人と付き合うつもりはありませんから』って言われていましたな」
「アダム曹長!!秘密にしといてくれって、言ったじゃないですか!!」
ヘンケンの腕を振りほどいたジャックが、アダムにくってかかった。士官候補生時代、アダムを教官としていたジャックは、今は部下であるはずの彼に対して時々敬語になる。
「何にしても、こんな所で相談してれば、なにか秘密の話をしているってことが皆にバレバレですよ。それでなくても『伍長は草の根の伸びる音も聞き分ける』って言うでしょう。ま、自分は曹長ですが。面白そうな内緒の話には皆興味を持つもんです。軍は娯楽が少ないですから」
15近くも年下の上官をなだめながら、さも愉快そうに話すアダムにヘンケンはがっくりと肩を落とした。自分にとっては深刻な問題も軍歴の長い曹長には『良い娯楽』であるらしい。
「…もういい。2人ともご苦労だったな、仕事に戻ってくれ」
とぼとぼと去ってゆく後姿にいたたまれなくなって、ジャックは思わず呼び止める。
「ヘンケン艦長!」
「……なにかね」
「あ、えーと…、そうだ!次の作戦で一緒になるので、テキサン=ディミトリー中尉に聞いてみましょうか?」
「何も聞かんでいい…。というか、今日の事は忘れなさい。それとアダム曹長!」
「は、なんでしょう」
「他言無用だ!上官命令だぞ!!」
「了解です、艦長」
曹長は真面目腐った顔で敬礼をしたが、果たしてどこまでこの命令を守るつもりがあるのやら。
明日辺りには軍団内でこの噂が広がっている事を、ヘンケンは覚悟した。
「は?…女はどんな物を貰ったら喜ぶかだって?」
素っ頓狂な声をあげたのは、その甘いマスクで「レディキラー」と呼ばれる戦闘機パイロットのテキサン=ディミトリー中尉。
結局ジャックはテキサン=ディミトリー中尉に相談を持ちかけてみることにした。
あれからヘンケン艦長は一人でいろいろ悩んでいるらしく、仕事にいまいち身が入っていない。この間はジャックが提出した書類にサインを入れる場所を間違って、ジャックは再度書類を作り直さなければならなくなった。
ヘンケンは部下に示しがつかないからとこの件は打ち切ったが、名前を出さなければ別に問題ないだろう。艦長に早く立ち直ってもらわないと、こっちだって大変だし。
「ケースバイケースだな、これなら必ず、なんてもんはないさ。花で喜ぶ娘もいれば、そんなもの貰っても世話に困るって娘もいるし。逆に自分は物じゃなびかないって怒り出すタイプもいるしな。…相手はどんなコだよ?」
「え?……いや、よく知らないんですけど」
「…はぁ!?…外見とか、休憩時間にどんな事話してるかとか、そーゆーのは?」
「……え、えっと」
しどろもどろになるジャックを見下ろすディミトリー。
「…誰かに頼まれたのか?」
「や、そんな事…ないですよ」
図星って顔に書いてあるだろが。内心ツッコミを入れる。確かコイツの上官は…
「ヘンケン=ベッケナー艦長か…」
「なっ…、何でわかるんですか!?」
だから、そんなに素直に反応するなっての。
「やれやれ…、だから少尉殿は相談相手にならないってのに…」
ジャックとディミトリーのやり取りを遠目に見ながら、アダム=スティングレイはボソリと呟く。
これはウチの軍団だけでなく、この戦域の全軍団に噂が広がるな…、ヘンケン艦長の冥福を祈りつつ、面白いのでディミトリーに相談に行くジャックを止めなかったアダム曹長であった。
「ジャック・ザ・ハロウィン」、ジオン独立戦争記登場祝い小説。
ちなみにアダムがジャックの元教官って言うのは冬亜のオリジナル設定です、
『ガンダム・ザ・ライド』でもとっさの時には曹長の指示にジャックが反射的に従ってたので
そんな感じかな、と思ったのですが。
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