戦闘報告書
 私、ジャック=ベアード少尉及びアダム=スティングレイ曹長は「星一号作戦」展開中にサラミス改フジ級スルガより脱出したランチの保護の任務に当たった。
同ランチにはコロニーへの移民を目的とした一般市民が登場しており、退避のため戦域よりの離脱を試みるも、これに失敗。ジオン公国軍宇宙空母ドロワに接触後、ア・バオア・クー要塞内に侵入してしまう結果となった。
しかしながら、途中、スティングレイ曹長によって要塞中枢付近に秘匿されていたソーラ・レイ破壊に成功。これは我が軍の被害を未然に防いだ戦果として評価されるべき物である。
その後、要塞内部を彷徨うこととなるが、我々を導くかのような声(アムロ=レイ少尉の声に似ていたとの証言もある)が聞こえ、結果として要塞からの脱出に成功した。

一般市民を守護する事は連邦軍人としての本懐であり、これを為し遂げられた事を神に感謝する。

ジャック・ザ・ハロウィン隊 隊長

ジャック=ベアード

「レイ少尉、アムロ=レイ少尉!」

 アムロがその少尉に呼び止められたのは、ホワイトベースのメンバー達と引き離され、情報部とか研究部とか、なんだかそんなような感じの人々と、地球へ戻る船へ向かう途中だった。

「アムロ=レイ少尉は移動中だ。官姓名を名乗りたまえ」

 アムロが何か言うより先に、士官の一人が二人の間をさえぎるように立つ。

「失礼しました。自分はジャック・ザ・ハロウィン隊隊長、ジャック=ベアード少尉です。アムロ=レイ少尉と少々お話がしたいのですが、よろしいでしょうか」

 アムロは取り巻くように立っていた男の一人が士官に「ベアード家の…」などとささやきかける声を聞きながら、ジャック=ベアードと名乗ったその少尉を観察した。

 金髪と青いノーマルスーツ。アムロはまずそれを見てスレッガー中尉の事を思い出した。もっとも、スレッガーと共通していたのはそこだけで、目の前の少尉は育ちの良さそうな雰囲気で、端正な顔立ちをしていた。金髪もオレンジがかった柔らかそうな髪質だったし、良く見ればノーマルスーツも少しデザインが違う。

 思い返してみても、今まで自分は彼と会った事など無い気がする。

「五分だけだ。我々は忙しい」

「ありがとうございます」

と士官に敬礼すると、今度はアムロに向かってピシッと敬礼をした。

「自分はジャック=ベアード少尉です。よろしいでしょうかレイ少尉」

 ちゃんとした少尉なら(つまり、こんな風にちゃんと敬礼が出来て、話し掛けるときに「よろしいでしょうか」なんて自然に言える教育を受けてきた少尉なら)、少なくとも自分より4つは年上だろうに、ベアード少尉はやけに丁寧に接してくる。そう、まるでその、『ちゃんとした少尉』に対するように。

「…話って、なんですか?あなたとは初対面だと思うんですけど」

「ア・バオア・クーでランチを引いていたジムのパイロットです。一言お礼が言いたくて」

「……ああ」

 そういえば、シャアと戦っていた時に、そんな物を見た気がする。

「でも、僕は一方的に下がるように通信を送っただけです。別にお礼を言われるような事はしてませんよ」

「その時の事だけじゃなくて、…実はあの後、ランチごと要塞内へ進入してしまって。崩壊するア・バオア・クーで、どちらへ行けば良いのか判らなくなった時に、あなたの声が聞こえて、我々を出口まで導いてくれたんです」

 アムロは背後の人間達が、ひそひそと何か話し合っている気配を感じて、なんとなく、彼はもうこの話を止めたほうがいいんじゃないだろうか、と思った。

「戦場の極限状態で聴いた、幻聴とかじゃないんですか?僕はあなたたちが要塞内にいた事だって知らなかった。そんなまねが出来たとしても、助けようがありませんよ」

「だとしても、自分だけではランチの乗員達を守る事は出来ませんでした」

 さっさと切り上げて去ろうとするアムロを引き止めて、ジャック=ベアード少尉は右手を差し出した。アムロは仕方なくその手を取って、少尉と握手する。

「ありがとう。アムロ=レイ少尉」

 ノーマルスーツごしに体温など伝わるわけもなかったが、ベアード少尉の手は暖かい感じがした。

 アムロ=レイがジャック=ベアード少尉と顔を逢わせる事はそれ以降二度となかった。アムロはその後7年に渡り自身が「地獄のような日々」と評する軟禁生活をおくる事になり、また戦争が起こって戦いに身を投じ、そのうちに、ただ一度会ったきりの少尉のことなど忘れてしまった。



dears

0093 in the space.〈side:J



 ジャック=ベアード大尉が自機のジェガンを降り、隣に搭載された部下のジェガンへ、機体を蹴って飛ぶ。

 メカニックに無理を言って、普通のジェガンよりも幾分反応を上げたその機体のコクピットでは、パイロットのサンダース伍長に主計兵のカレン上等兵が飲み物を渡しながら、何か話をしていた。

「あ、大尉」

 銀髪を短く刈ったサンダース伍長が顔を上げた。彼はこの艦のパイロットではもっとも軍歴が短いが、MSの操縦技術には非凡な物があり、特にネオジオンのサイコミュ兵器搭載のMSを相手にする時には、なくてはならない存在である。

 背が高く、肩幅の広いしっかりした体つきをしていたが、反面性格は穏やかで物静か。口数も少なくて、共に配属されてきたカレン上等兵以外と話している姿は、ほとんど見かけなかった。ただ、周囲と打ち解けていない訳ではなく、そういう個性として周りから認められている。

「今、大尉のところにも行こうと思っていたんです。飲み物なんですけど、コーヒーとスポーツ飲料、どちらがいいですか?」

「コーヒーをもらおうか」

 肩まである茶色の髪を、邪魔にならないように編み込んだカレン上等兵が、肩から提げたフードバッグから、コーヒーの入ったカップを差し出した。

「では、私はこれで」

 彼女はそう言って敬礼すると、他の隊員に飲み物を配るべく、ジェガンを離れて行った。

「邪魔をしたかな?」

「いいえ。大尉、何かお話でも?」

「いや…、ここ何回かニュータイプ兵とあたる事が多かったから、そろそろ疲れてきているんじゃないかと思ってね」

 敵ニュータイプ兵はなぜかサンダース機を良く狙う。それゆえに彼の機体は高機動で敵の撹乱を行う役をになっている。不規則な加減速と、急激な方向転換を常に行っているパイロットには相当なGがかかるから、疲労は他のパイロットの比ではないはずだ。

 ファンネルによるオールレンジ攻撃は回避が非常に難しいが、敵パイロットがこちらの一機に攻撃を集中している時、その動きは比較的見切りやすくなる。サンダース機が敵の攻撃をひきつけ、他の機体がそれを援護し、彼を守る。それと同時に防御が手薄になった敵機本体に攻撃を加えていく。というのが、ジャック・ザ・ハロウィン隊の対サイコミュ搭載機戦法であり、この方法でなんとか数機、撃墜していた。もっとも、この敵一機に対して味方数機であたる戦法は、比較的敵の少ない側方防御部隊だからこそできるものでもある。

「平気です、このくらい。僕は丈夫に出来ていますから。でも、お気遣いありがとうございます」

「ん、そうか。艦長から数時間だが休息するように指示が出ている。それが終ったらまた伍長には働いてもらわないといけないからな、よく休んでくれ」

「はい…。……大尉」

「なんだ?」

「……止められると思いますか?シャア=アズナブル」

 いつもどおり、感情の起伏の少ない、穏やかで静かな口調。しかし、心底から地球を心配しているのがわかった。彼は地球に、幼い頃から、兄弟のようにすごした仲間を残してきているという。

「…ネオジオンの本隊と当たるのはロンド=ベルだ。我々の役目は彼らが少しでも戦いやすいよう援護することだ。ロンド=ベルはやってくれると信じているが、私も自分にできることはすべてやるつもりでいる」

 そう答えたものの、ジャックは現在の状況に内心で不満を感じている。守りたい地球に危機が迫っているのに、自分の部隊の使命は側方の戦線の防衛。これだって十分に重要な使命なのだが、アクシズに対する攻撃をロンド=ベルに任せるしかないのが歯痒い。そして何より、その先頭に立って戦っているはずのあのアムロ=レイに自分は何ら手助けすることが出来ないのが辛かった。

 サンダース伍長はジャックの顔をじっと見上げていたが、やがてふっと笑う。

「大尉はアムロ=レイのことがお好きなんですね」

 不満を顔に出したつもりはなかったのに、雰囲気が伝わったらしい。ジャックは慌てて表情を引き締めなおした。サンダースはそうは受け取らなかったようだが、指揮官として、内心の不満や苛立ちを部下に伝染させる訳には行かない。

「一度だけ会った事があるんだ。向こうはきっともう忘れていると思うけどね。命を、助けてもらった」

 それは、もう14年も前の事になる。

 あの日。一年戦争と呼ばれた戦争の、最後の戦いの舞台となったあの、ア・バオア・クー。

 その崩壊する要塞内で、ジャックはアムロ=レイの声を聞いたのだ。

『―――そこを右っ!』

 すぐ背後にまで爆炎が迫っていて、頼りにしていたアダム曹長ともはぐれ…。

自分が死ぬんじゃないかという事よりも、牽引するランチに乗っている何の罪もない乗員達が死んでしまう。この事の方が遥かに恐ろしかった。どうにかして助けたいのに、どうすれば良いのか判らない。

聞こえた声は一筋の光明のように思えた。

『…下っ!―――曲がって!』

 導かれるまま入り組んだ通路を進み、結果、ジャックはランチの乗員を守りきった。

 その出来事が、その後のジャックの運命を変えたのかといえば、それは実のところ良くわからない。

 戦闘報告書に、ジャックはバカ正直に声を聞いた、などと書いて提出した。そんな馬鹿なこと誰が信じるんだ、とアダムは言ったが、では何を頼りに脱出したのか、と問われれば、この答え以外ジャックには出せなかったから。ランチの乗員の中にも、数人、同じ声を聞いたと言う証言も上がっていたし。

 アムロ=レイの声を聞いた、という事がどんな意味を持つのか、そのときはまだ彼にはわかっていなかった。

 戦争終結後、ジャックは危うくNT研究所に送られかけた。地球の名家ベアード家の出身で、しかも一族中に愛されていたジャックはそんな家族の尽力のおかげもあって、結局検査も受けなかったし、自身がそんなことになっていたことを後で知ったくらいだ。

 ヤシマ家の令嬢ですら、その存在を危険視されて宇宙へあがることを制限されるほど、連邦はニュータイプという存在に過敏になっていて、その後しばらくジャックも宇宙での任務にはつかせてもらえなかった。


……続きがあるなら私が読みたいよ…。

 最終的にジャックとサンダースでアクシズ押し戻しに参加して、ふっ飛ばされて、ジャックは「あなたはそうやって全て抱え込んで、またも助けさせてはくれないのか…!」的な想いをアムロに抱く。とかいうラストに落ち着けたかった…と記憶してます。
 が、それをどう書くかとか、そこまでをどう書くかとかで放置してるうちに、何書きたいのか良くわかんなくなってきて、今は『エコール』にジャックも出てきちゃったしと、没決定。

 ちなみに、ここでのサンダースとカレンは08小隊員の彼らではなくて、『ラスト・リゾート』でシローとアイナが名前をあげた、フラナガンの子供たちの方。
 彼らはあの後、皆で力を合わせて暮らしてたんだけど、『Z』の頃になると、シローとエレドアがエゥーゴに参加(多分自分達みたいな強化人間をつくる連邦をどうにかしたいという理由で)激化する戦争の中でやがて戦死。
 後を任されたサンダースが小さい子達を守っていたんだけど、シャアの反乱に言い知れない不安を感じ、かつてのツテを頼って入隊。心配したカレンがくっついてきてる。
 この頃には仲間達もそれぞれ自立を始めていて、ミケルには交際相手もいて、なかなかいい仲になっている。キキは今も時々、シロー・アマダとアイナ・サハリンと暮らしたあの場所へ行って、増えてしまった仲間の墓を守っている。
 …などと考えたけど、ここまで作中で書くつもりはなかったので、この辺の設定ははっきり言って蛇足ですが(笑)

 あと、タイトルに<side:J>とかついてるのは、同時期に地上のアルは〜的な話とセットにするつもりだったから。
 『初雪の降る頃に』がわざわざCCA直前くらいの時期なのは、こっちの話とつなげようと言う計画が。
 ……この頃はそんな壮大なストーリー作りができると思っていたようです…。重いテーマや戦闘シーンも書けると思っていたようです。これが若さかッ…!
↑しかし途中で諦めてるあたりが、すでに若くもないですよ、冬亜サン…。

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