やっぴらんど楽しい世界史テーマ史「由来・起源」シリーズ

 聖バレンタインデーの由来─キリスト教会と全国煮干協会

今日は聖バレンタインデー。形の違いはいろいろあれ、世界各地で男女が愛を誓い合う日となっています。日本では、女性から男性にチョコレートを贈る日になっていますが、これは50年ほど前に東京のあるデパートで、チョコレート会社がキャンペーンをしたのが始まりとされています。

聖バレンタインデーそのものの由来は、クリスマスと同じように、古代ローマ時代のキリスト教とそれ以前のローマ人の信仰との融合によるものと言われています。

キリスト教以前の古代ローマでは、多くの土着的な信仰や風習がありました。その一つが、毎年2月15日に始まり、その年の豊作を祈願するルペルカリア祭です。それは、男女の出会いの場をつくり出す祭りでもありました。祭りの前日、つまり2月14日は家庭と結婚の女神ジュノーの祝日です。この日、娘たちは自分の名前を書いた札を桶の中に入れます。意中の人に引かれることを願いながら。翌日、男たちは桶から札を1枚引く。男は、札に書かれた娘と、とりあえず祭りの期間中だけはカップルとみなされます。そこから恋が芽生えたり、結婚までこぎつけたり…。

ところで、ローマ帝国は、3世紀に“軍人皇帝時代”という混乱期を迎えます。文字通り、軍隊が幅をきかせて皇帝位を左右した時代です。約50年間に26人もの皇帝が廃立されています。そのまっただ中に、クラウディウス2世(位268-270)という皇帝がいました。彼は兵士の士気の低下を憂い、その原因は故郷に愛する人を残して遠征に赴くのがいやだからだろうと勝手に考えました。で、兵士の結婚を一切禁止するという暴挙に出たのです。

イタリア中部のテルニというところに、愛する者が引き裂かれるのを哀れに思った一人のキリスト教の司教がいました。彼の名をバレンティヌス(バレンティノ)と言います。彼は、秘密裡に兵士らを愛する人と結婚させていたのですが、皇帝にばれてしまい、捕らえられ処刑されてしまいます。その処刑の日とされたのが、ジュノーの祭日であり、ルペルカリア祭の前日である2月14日だったのです。

キリストの教えは、ローマ皇帝のたびたびの迫害にもかかわらずローマ領内に浸透し、もはやローマ皇帝の手に負えなくなります。しだいに皇帝は、逆にキリスト教を帝国統一の手段として利用しようと考えるようになります。313年、コンスタンティヌス帝はついにキリスト教を公認(ミラノ勅令)、4世紀末には国教とされ、それまでのローマ人の信仰は原則として認められなくなりました。とは言っても、昔からの風習や伝統をそう簡単に変えられるものではありません。そこで、キリスト教会は、ローマ人の伝統的な信仰を巧みにキリスト教の教義に合うように作り替えていくのです。「クリスマス」のように。

ルペルカリア祭もまた、キリスト教会にとっては教義に反するものでした。そこで、キリスト教会は、約200年前に殉教したバレンティヌスを利用します。つまり、彼を守護聖人に叙して聖バレンティヌス(英語読みでセント・バレンタイン)とした上で、殉教の日2月14日を聖バレンタインの日と定めました。そして、その日、教会は信者に聖人の名前を引かせ、引き当てた聖人を見習って1年間を過ごすよう勧めるという新しい「くじ引き」のシステムを始めたのでした。こうして、「女神ジュノーの祝日」はいつのまにか「聖バレンタインデー」となり、キリスト教の聖なる日の一つとなっていったのです。

こういったキリスト教会の手法にはまったく舌を巻きます。そもそも、ルペルカリア祭の習慣そのものが、ローマの風習がいかに野蛮だったかを示すために教会がでっち上げたものとさえ言われています。だいたい、女性が自分の名前を書く、と言いますが、当時の庶民がそもそも自分の名前を書けたのか、という点で多少疑問は残りますよね。

ところで、聖バレンタインとは全然関係ないのですが、2月14日は「煮干しの日」でもあるそうです。「に(2)・棒(1)・し(4)」の語呂合わせらしい。これはレナ社長からの情報です。それにしても、「全国煮干協会」だなんて、いろんな団体があるものですな。

07/02/14