やっぴらんど楽しい世界史テーマ史『ダ・ヴィンチ・コード』を読み解く

 ソロモン神殿

『ダ・ヴィンチ・コード』の最後の舞台となるのが、スコットランドのロスリン礼拝堂です。

─テンプル騎士団は、エルサレムのソロモン神殿を精巧に模してロスリン礼拝堂を設計したという。西の壁や方形の小さな聖所を真似て造り、地下室は最初の九人の騎士たちが貴重な宝を掘り出した聖なる空間に似せたらしい。テンプル騎士団が最初の隠し場所になぞらえて聖杯の新たな安置場所を建てたという考えと相通じるものがあるということを、ラングドンは認めざるを得なかった。─

とあるのですが、実は、テンプル騎士団が聖なる場所ソロモン神殿を模してこの礼拝堂を建てたというのは、年代から見て明らかに誤りです。ただ、ロスリン礼拝堂の風変わりな彫刻群や柱、暗号が隠されているとも言われる天井の装飾などから、ソロモン神殿と結びつける人もいるのは事実です。

『ダ・ヴィンチ・コード』にも何度か登場する「フリーメイソン」。日本ではあまりなじみのない欧米の「秘密結社」ですが、その起源については様々な説があります。その一つに、14世紀、テンプル騎士団の残党がスコットランドに集結して組織したもの、という説があります。また、そのテンプル騎士団の成立と大きな関わりのあるソロモン神殿にルーツを求める説もあります。ソロモン神殿の建設に関わった大工や職人たちの集団からフリーメイソンが生まれたというものです。フリーメイソンが偶像視する「ヒラム・アビフ」というのはその職人集団のボス、つまりソロモン神殿建設の中心となった人物です。

ソロモン神殿とは、古代ヘブライ王国の第3代国王であるソロモン(位前960頃-前922頃)がエルサレムに建てたと言われるヤーヴェをまつる神殿です。

ソロモン王については、その実在を疑問視する説もあるくらいですが、人物像についても様々な評価があります。優れた軍人だったばかりでなく、相当な「知恵者」だったとされていますが、これについてもほんとのところはどうだったのかはわかりません。

もっとも、彼について述べた史料が今のところ「旧約聖書」以外にはほとんどないので、「真実」を知ろうと思っても無理な話なのかもしれません。「シバの女王」が彼に会いに来たというよく知られる話も旧約聖書に記されているだけですから。「シバ国」という国が南アラビアに存在したというのは事実らしいですが、そこに「女王」がいたということさえ明らかではありません。聖書の記述によれば、「シバの女王」様は、ソロモン王の名声を知り、たくさんの黄金と宝石、香料をらくだに乗せてエルサレムにやってきて、ソロモン王に面会した。ソロモン王は、もらった贈り物に見合うだけのおみやげを彼女に与えた、ということなのですが、これは明らかに「交易」です。

当時のイスラエルやアラビア半島付近には一定の交易ルートがありました。貿易ルートのうち、主に海の交易を仕切っていたのは、フェニキア人でした。彼らは、現在のレバノン(イスラエルの北隣)を中心として活躍した商業民族です。レバノンの国旗の中央にはこの国の特産である「レバノン杉」が描かれていますが、これはソロモン神殿にも使われたとされます。

「シバの女王」が持ってきた黄金の量もハンパじゃないのですが、ソロモン王も負けじとばかりに「お返し」していることから、ソロモン王もずいぶんと金持ちだったこともうかがえます。いわゆる「ソロモンの栄華」です。その源泉は、「貿易黒字」にもあったのですが、もっとも大きなものはやはり国民からの税金でした。領土が増えれば増えるほど征服民からの税金も増えます。ソロモン王のもとに入ってくる税金=黄金の量は1年で「666タラント」にものぼったとか。1タラント=約34kgですから、ちょっと信じられないくらいの量です。4トントラック6台分ですよ。

こうして蓄えたお金を使って、彼はエルサレムの市街地の拡大と新しい神殿の建設に取りかかります。彼は、かねてから交易で手を組んでいたフェニキア王のヒラムに設計と建設を依頼しました。ヒラム王は自分と同名のヒラム・アビフという名匠を派遣し、ヒラム・アビフは、「親方」「職人」からなる小集団を組織して神殿の建設とそれを飾る装飾品の作成にあたったのです。ソロモン神殿は、フェニキア人が造ったと言っても過言ではありません。

完成したソロモン神殿には「契約の箱」(「十戒」が刻まれた石板が収められている)が安置され、ヘブライ人の信仰の中心となりました。のちに十字軍の際に、「テンプル騎士団」がこの神殿跡の地下から「秘密文書」を発見したことについては、以前書いたとおりです。

なお、ソロモン王の父親がダビデ(ヘブライ王国第2代国王)。フィレンツェにあるミケランジェロ作「ダビデ像」は彼を描いたものです。左手に石を握りしめていますが、これは、ダビデ王が身長3mの怪物ゴリアテをただ一発の石で倒したという逸話によるものです。もちろんこれも旧約聖書に出てくる話ですが。

05/06/06