やっぴらんど楽しい世界史テーマ史『ダ・ヴィンチ・コード』を読み解く

 「ウィトルウィウス的人体図」

─驚いたことに、死体の周囲に大きな円形が浮かび上がった。ソニエールは横たわってからペンで自分のまわりに長い弧をいくつか描き、円の中におさまる図を作り上げていた。
一瞬にして意味が明らかになった。
「<ウィトルウィウス的人体図>」だ」ラングドンは息を呑んだ。レオナルド・ダ・ヴィンチのいちばん有名な素描の等身大の複製がそこにある。─


ルーブル美術館館長のソニエールは、死の間際に様々なメッセージを暗号に託して残していますが、最も度肝を抜かれるのが、彼自身の体を使って表した「ウィトルウィウス的人体図」でしょう。

「ウィトルウィウス的人体図」は、レオナルド・ダ・ヴィンチによる一人の男の全裸像のスケッチです。顔と胴体は一つですが、両手両足は二組ずつ描かれています。一組は両手を横に水平に伸ばされ、両足はやや横向きになりながらもまっすぐ下に下ろされている。もう一組は、両手は斜め上に伸ばされ、両足は広げられている(つまり「大」の字の形)。そして、前者の図は、股の付け根の部分を中心とする正方形によって囲まれ、後者はへそを中心とする円に内接しています。そして、その図の上方には、何やら小さな字で説明書きが添えられています。

これは、「黄金比」の項でも触れたように、人体の持つ均整のとれた美しさをもっともよく表現したスケッチと言えます。

ところで、「ウィトルウィウス」って何のことでしょうか。

ウィトルウィウスとは、ローマ時代の建築家の名前です。彼は紀元前1世紀頃の人でカエサルに仕えたと言われ、「建築書」という10巻からなる百科事典ばりの書物を残しています。内容は、神殿や公共の建物から個人の家に至るまでの建築技術、材料や様式について論じたものです。当時の(つまりローマ時代の)建築を例に挙げられていますが、ウィトルウィウス自身は、ギリシア時代の建築がずいぶんお気に入りだったようです。「建築書」では、ローマが今に残したアーチ、ヴォールト(丸天井)、ドームといった優れた建築技術には一切触れられていません。

さて、彼はこの本の中で、人間の体の均整についても詳細に語っています。ダ・ヴィンチはこれに大いに刺激を受けたようです。「人体図」のキャプションには、要するに「中指の先から手首の付け根までの長さは身長の10分の1」といった、人体の持つ「長さの法則」について書かれているのですが、この原文はすべてウィトルウィウスの「建築書」によるものです。

そもそもこのイラストは、ダ・ヴィンチが書いたウィトルウィウスに関する本の挿絵だったようです。「建築書」には、建築だけでなく、たとえば第9巻では日時計に関して述べられていたり、第10巻では石材運搬法、ポンプ、兵器など様々な「機械」について言及されているなど、いかにもダ・ヴィンチが好みそうな内容となっているのがおもしろいですね。

ダ・ヴィンチは、もちろん画家として超一流の芸術家でしたが、彼は「科学者」でもありました。人体の構造について研究するために、夜中に墓所でこっそり死体を掘り起こしたという話はあまりにも有名ですが、ありのままの「事実」の積み重ねから、一つの結果を導き出そうとする姿勢は、まさに科学者のそれにほかなりません。

ところが、「科学」は当時、「カトリック」と対立するものでした。ダ・ヴィンチとほぼ同世代のポーランドの聖職者にして天文学者コペルニクスは、「地動説」を記した『天球回転論』の出版を死の直前までためらっていました。また、ダ・ヴィンチから約100年後、ガリレオ・ガリレイが出くわす羽目になるあの有名な異端審問ももちろん、科学とカトリック教義とが真っ向から対決したものでした。

「最後の晩餐」をはじめとして、キリスト教にまつわる絵に、ダ・ヴィンチが教義に反するようなメッセージを込めているという憶測は、「科学者としてのダ・ヴィンチ」の印象から来るものでしょうし、もしかしたら、ダ・ヴィンチ自身がそう取られることを望んでいたのかもしれません。

05/06/06